鏡の先の銀河鉄道
 「早く、こっち来なよ!」
 ジョバンニの言葉に呼ばれるように進もうとする自分を理性が許そうとしなかった。前に進めば、戻れない。不安が身体を震わせる。
 恐い・・・何が恐いのか、それすらわからないのに恐いと感じる自分がいる。前に進むことも、目の前に広がっているこの空間も。

 「恐くないよ・・・。」
 
 唐突に、冷たい言葉が響く。
 下から覗き込むように、こちらを見るジョバンニの眼は冷たく獲物を狙うよだった。そして、再び掴まれた腕から最初の時より強い痛みが走る。
 「どうしたの、カムパネルラ?」
 低く、そして重く響く声。
 「ほら、銀河鉄道だよ。僕たちは、あれに乗るんだよ。」
 ジョバンニは、そう言いながら腕を掴む力がさらに強くなる。そして、機関車の方へと歩き出す。
 「いっ、痛い、離せ!」
 「僕の名前、呼んでくれたら離してあげるよ。」
 いたずらっぽい口調で言いながらも、そこには冷たさがある。
 「・・・・。」
 『ジョバンニ』と呼ぶことに躊躇いがあった。彼のことを声を出して呼んでしまったら、自分が『カムパネルラ』であることを認めてしまうことになる。・・・それは、嫌だ。
 名前が嫌とかじゃない、俺の知らない俺が存在していることに戸惑いと違和感がある。俺が俺じゃなくなってしまいそうで恐い。それでも、俺は彼のことをジョバンニと呼ぶしかないのも分かってる。
 
 鏡は、もうない。
 

 
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