鏡の先の銀河鉄道
 「ジョバンニ、離してくれ。」
 出来るだけ、冷静に。出来るだけ、穏やかに。それでも、言葉の後尾が震える。
 「ごめん、いじめすぎたかな?」
 鏡がなくなった今、俺はジョバンニがいなければこの世界で生きてはいけない。俺が、頼れるのは彼だけなのだ。
 俺の気持ちなんか知らないのか、嬉しそうな笑顔を浮べながら掴んでいた手を彼が離してくれた。そして、俺に背を向けて歩き出す。俺は、ジョバンニに遅れないように機関車へ向けて歩き出した。
 機関車の入口には車掌さんが、乗車客の切符の点検をしていた。
 「カムパネルラ、切付出しといてね。」
 ジョバンニの言葉に、答える事が出来なかった。俺は、切付なんてもってない。そんなものを買った覚えもなければ、もらった記憶もない。
 「切付ヲ見セテ下サイ。」
 車掌は、機械的な声で俺に問いかけてきた。
 「俺、そんなもんもってないし・・。」
 俺の制服に入っているのは、高校の身分証明書だけだ。それ以外は、何ももってない。
 「何言ってるの、カムパネルラ!!君はもってるじゃないか切付!」
 機関車に乗り込もうとしていたジョバンニが驚いた声を上げて、俺の制服のポケットを探りだした。俺は、彼がさしている切付の意味がわからないままだった。
 「ほら、これ。」
 ジョバンニが見せてきたのは、俺の身分証。そして、俺の許可なんて気にしないでそれを車掌に渡した。車掌は、ジョバンニから渡された身分証をジッと見つめてから破りだした。
 「何すんだよ!」
 俺の怒鳴り声なんて、気にしないかのようにこちらを見ている。
 「フリーチケットデスネ、ドウゾオ乗リ下サイ。」
 「切付なんだから、切るの当たり前でしょ。何怒ってるの?」
 俺が怒っている理由がおかしいといった様子で、ジョバンニは話しかけてきた。あれは、切付じゃない。そう言えれば簡単なのに、この世界のルールが分からないから強く言えない自分がいた。そして、その事実にもどかしさを感じる。もどかしさも、俺の怒りもこの世界では通じない。
 
 諦める事が、一番楽なんだ。
 
 素直に受け入れば、俺はこの世界に居場所を作れる。それが生きていくうえで、大切なこと。ここでは俺の味方なんていないのかもしれないから。ならば、俺に不利になろうと有利になろうとそれを受け入れないと。
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