春風駘蕩


「あ……、う、うん……」

別れるなんて言われて、動揺したせいか、言いづらくてなかなか言えなかった言葉を、思いがけず呟いてしまった。

ちゃんと言おうと思ってたけど、もう少し巽の様子を見ながらにしようと思ってたのに。

「いつ? もう会社には伝えてるのか?」

「うん……言った。というより、ありがたいことに来週から私の送別会が続いてね、月末に退職予定なの」

次第に小さくなる声。

どう思っているかと不安で、うかがうように巽を見た。

この数年、退職についてずっと悩んでいて、ようやく結論を出したのが去年の初め。

巽に相談したことはない。

言えば「せっかく築いたキャリアを捨てるなんてもったいない」って言われるだろうし、そう言われて悩まない自信もなかったから、巽には何も言わずひとりで決めた。

「会社に迷惑はかけてないのか?」

意外に落ち着いた巽の声にコクコクと頷いた。

「今年一年をかけて引き継ぎをしたし、お世話になった方には社内外含めてちゃんとご挨拶もした」

「そうか。俺には理解できないプログラミングの仕事だったけど、楽しそうだったな」

「うん。自分でやりたいと思って頑張ったからね……職種変更もして、かなりのめりこんだ」

総合職に変わる試験を受け、それまで触れたことのないシステム開発の世界に身を置き、それこそゼロから学んだ。周囲の人の足を引っ張りながらもくらいつき、ひとつひとつ教えてもらってようやく�主任″という役職に就くこともできた。

事務職から総合職に変わる女性が増えつつあるとはいっても、その中で初めて役職に就いた私。

社内報でも紹介され、このまま順調に昇進していくだろうと周囲からの期待も大きかった。



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