春風駘蕩



コンサートを開けば即完売、CDを発売すればチャートの上位に食い込み長い間ランキングを賑わせているというのに。

巽は自分の演奏を少しでもよりよいものにしようと努力を続けている。

高校卒業後、ヨーロッパで学んでいた頃に師事していた先生のもとでのレッスンを今でも続けている。どれほど忙しくても、その時間だけは削れないと言って、半年に一度はヨーロッパに出向いている。

たとえ、寝る時間を削っても、そして、私と過ごす時間がなくなっても、自分の技術向上につとめているのだ。

それほどの努力を続けているのに、今もなお、巽は自分の演奏に対しては謙虚な姿勢を崩さない。

それが、彼の演奏家としての伸びしろにつながっているのかもしれないけれど。

「巽が自分の演奏に満足してなくて、まだまだ上を目指してるのは知ってるよ」

「上を目指すというか、足りない部分を強化していくというか……」

「どっちでもいいよ。巽の努力が素敵な未来につながるっていうのはわかるから」

自分の演奏についてはなかなか強気に出られない巽の言葉を、やんわり遮った。

私のことになると強引すぎるほど強引なのに、演奏のこととなるとその片鱗はまるで見えない。

謙虚な姿勢といえば聞こえはいいけれど、裏を返せば貪欲なのだ。


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