春風駘蕩
「不本意ながら、俺、マスコミからカメラを向けられることが多いだろ? 演奏のことだけでなくプライベートも探られるし」
「う、うん……そうだね。今はかなりマシになったけど、前は私の会社にまで来る記者の人もいたし」
以前、雑誌のインタビューで巽が「恋人? 絶対手放したくないオンナならいますよ」とさらりと言ってしまったことがきっかけで、�市川巽の恋人を探せ�のようなマスコミの動きがあり、世間でもかなり盛り上がっていた。
コンサートのあと楽屋に出入りする私の姿が写真に撮られたり、海外で一緒にいるところを一般の方に見られ、SNSにアップされたりと、私との関係はあっという間にマスコミに、そして世間に知られることとなった。
当時、巽の人気を確固たるものにしようと躍起になっていた、商売上手で強引、そして人情に厚い小倉さんは怒り狂ったけれど、元来が仕事人間の彼女はあっという間に脳内計算機を作動させた。
そう、私の存在がマスコミに知られ、騒がれていることを逆手に取り、『市川巽』という演奏家を一気に国内に認知させるにはどうすればいいのかと、算段し始めたのだ。
『どうせ巽と由梨香さんは結婚するんだから、それまで、ううん、そのあとも、そのことは利用させてもらうわよ。大丈夫、ふたりが幸せになるために、精いっぱい後押しするし、儲けさせてもらうから』
じっくりと聞けば、その意味に首をかしげそうな言葉も、小倉さんが口にすれば大したことのないように聞こえ、その場で頷いてしまったけれど。
よくよく考えれば、それは私たちの結婚を商売に利用するってことだ。