春風駘蕩



私は慌てて巽の腕の中から逃げようとしたけれど、そうはさせまいと巽の手にぐっと力が入る。

「大丈夫だ。ふたりは俺らのこんな姿、見慣れてるから。ほら、全然俺らのこと見てないし」

「あ、ほんとだ」

視線を動かせば、アマザンホテルとの打ち合わせを始めた小倉さんと、マスコミ各社へ送る文書をぶつぶつ言いながら書いている内川さん。

ふたりとも、さっきまで私たちの結婚を祝ってくれる優しい顔をしていたのに、今はもう仕事モードの顔に切り替わっている。

おまけに私たちのことはそっちのけだ。

これはもう、結婚という大きな仕事を滞りなく完結させるためのプロジェクトと言ってもいいかもしれない。

「な、だからふたりのことは放っておけ。俺は由梨香と結婚できればその過程はもう、どうでもいいんだ」

「そんな、乱暴な……」
「いいんだよ。ちゃんと披露宴をしておけば、マスコミも満足するだろうし。だから、由梨香は金屏風の前で笑う練習に励んでくれ。あまりにもドレスが似合っている由梨香の姿が女性誌の表紙を飾るんじゃないか? いいな、それ。俺の嫁はキレイだぞって、見せびらかしてやる」

「巽……顔が怖い。小倉さんに毒されてるよ」

整っている巽の顔が、悪魔のほほえみを浮かべている。

普段隠している腹黒さが顔を出して、ちょっと怖い。

けれど、巽は私の言葉を気にすることもない。それどころか。

「惚れた女を手に入れるためなら、腹黒さ全開でやりきるまでだ」

と握りこぶしまで作っている。

「な……、なにそれ」

不敵に笑う巽。

言葉通り、腹黒さが溢れ、おまけに色気まで交じっている。

無敵の格好良さを見せつけられたようで、くらくらする。



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