春風駘蕩
……まあ、いいか。
「私も巽のお嫁さんになれればそれでいいから。頑張るよ、記者会見」
一生に一度だと思って、そして、巽のこれからの活動がいい方向に向かう後押しとなるように。
「金屏風の前でにっこり笑って『市川巽の妻です』なんてことを、ちゃんと言うから安心して」
強い口調で巽に伝えた。まるで、決意表明だな。
吹っ切れたような私の声音にホッとしたのか、巽は悪魔のほほえみを消し、いつもの天使のような優しい表情を浮かべた。
天使でも悪魔でも、どちらも見ごたえのある素敵な顔だなと、再確認していると、巽の目がキラリと光ったような気がした。
「巽?」
「ん?」
巽はゆっくりと私の耳元に唇を寄せた。
「今日これから役所に行って、入籍しよう。そうすれば、由梨香は『稲生由梨香』から『市川由梨香』になるんだ。俺と同じ名字で、同じ人生を歩もう」
「巽……」
耳元をくすぐる巽の吐息に体が反応する。
結婚するのだから、同じ名字になることはわかっていたけれど、いざ口に出して言われれば、それが実感できて幸せが満ちてくる。
なかなか一緒にいられない寂しい時間を過ごしてきたけれど、ようやくお互いの体温を感じられる距離で、一緒にいられるんだ。
ふたりでずっと一緒にいられる。
「銀行でも病院でも、『市川さーん』って呼ばれるんだな。いいな、それ」
「や、やだ。これ以上喜ばせないで……」
巽の言葉が、私の目の奥を熱くし、次第に視界がにじみ始める。
今にも泣いちゃいそうだとぎゅっと目を閉じた時。
「俺と同じ名字を由梨香にプレゼントするから、記者会見で緊張しても自信を持て。そのプレゼントは、世界でひとりしか手に入れることができない貴重なものなんだ。だから、それを手にした由梨香は世界一の幸せ者だ。俺の隣で極上の笑顔を浮かべて頑張ってくれよ」
「た、たつみ……」