春風駘蕩



……まあ、いいか。

「私も巽のお嫁さんになれればそれでいいから。頑張るよ、記者会見」

一生に一度だと思って、そして、巽のこれからの活動がいい方向に向かう後押しとなるように。

「金屏風の前でにっこり笑って『市川巽の妻です』なんてことを、ちゃんと言うから安心して」

強い口調で巽に伝えた。まるで、決意表明だな。

吹っ切れたような私の声音にホッとしたのか、巽は悪魔のほほえみを消し、いつもの天使のような優しい表情を浮かべた。

天使でも悪魔でも、どちらも見ごたえのある素敵な顔だなと、再確認していると、巽の目がキラリと光ったような気がした。

「巽?」

「ん?」

巽はゆっくりと私の耳元に唇を寄せた。

「今日これから役所に行って、入籍しよう。そうすれば、由梨香は『稲生由梨香』から『市川由梨香』になるんだ。俺と同じ名字で、同じ人生を歩もう」

「巽……」

耳元をくすぐる巽の吐息に体が反応する。

結婚するのだから、同じ名字になることはわかっていたけれど、いざ口に出して言われれば、それが実感できて幸せが満ちてくる。

なかなか一緒にいられない寂しい時間を過ごしてきたけれど、ようやくお互いの体温を感じられる距離で、一緒にいられるんだ。

ふたりでずっと一緒にいられる。

「銀行でも病院でも、『市川さーん』って呼ばれるんだな。いいな、それ」

「や、やだ。これ以上喜ばせないで……」

巽の言葉が、私の目の奥を熱くし、次第に視界がにじみ始める。

今にも泣いちゃいそうだとぎゅっと目を閉じた時。

「俺と同じ名字を由梨香にプレゼントするから、記者会見で緊張しても自信を持て。そのプレゼントは、世界でひとりしか手に入れることができない貴重なものなんだ。だから、それを手にした由梨香は世界一の幸せ者だ。俺の隣で極上の笑顔を浮かべて頑張ってくれよ」

「た、たつみ……」

< 39 / 45 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop