intoxication
「一槻には多分、好きな人が居るから」


その時自分がどんな顔をしていたのかはわからないままだ。


それ以上舞が一槻のことを聞くことは無かった。

あたしも聞かないでほしいと思っていた。

得体のしれない曇り空がやっぱり気持ち悪い。

“一槻”と人前で口にしたのは初めてだった。


「ねぇ、なんか浮かない顔ね」

「そう?」

「ぱぁっと買い物でも行く?」

「あー・・・行きたい! 行きたいんだけど、友達にバイト代わってほしいって頼まれてるの」

「えーっ。何時から?何のバイト?」

「四時から、駅前のカラオケ屋さん。あそこだよ、あの、シャンカラ」


そっか。じゃあ仕方ないね。来週の土曜は買い物付き合ってね。

舞とはそう約束して二時過ぎに別れた。


さっき抱えてたもやもやも次第に薄れて、きっと久々に甘いものを詰め込んだ胸やけのせいだと片付けた。

すれ違うのはカップルばかりのように見えて、あたしは音楽プレイヤーの音量を上げた。

カラオケ屋でバイトするのは初めてだし、素敵な出会いがあるだろうかと、期待を込めた休日午後の空気を吸い込む。


土曜にデートをせずにバイトなんて久しぶりだ。


「元気だそう!」


自分のために言った言葉で、うんと伸びをする。

ふいに視線を投げた先に、土曜日の街を背景に、切り取られ、貼り付けられた恋人が見えた。

なんだか不細工で、違和感だらけの風景。

さっきティラミスにスプーンを刺した感触が、ふいにフラッシュバックしてすぐに消えた。

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