魔法をかけて、僕のシークレット・リリー
慌てて口元を手で押さえる。
蓮様は更にぐっと距離を詰めてくると、小声で続けた。
「今から行くところ、結構お堅いっていうか、マナー厳しいかも。シェフが気難しい人だから」
「そうなんですか……」
蓮様は以前訪問したことがあるといった口ぶりだ。
気を緩めないように気を付けよう、と意気込む私に、彼が付け足す。
「分かんないことあったらその都度僕に聞いて。いい?」
これは、もしかして……心配して下さっている?
予期せぬ気遣いにじんわり入り浸っていると、彼の眉根が寄った。
「百合。返事は?」
「うっ、蓮様、それはちょっとずるいです……」
「は?」
今は「蓮様モード」じゃなかったんだろうか。佐藤と呼ばれた方がマシだ。本当に、心臓に悪い。
目的地へは程なくして到着した。ホテルの外観は、お城のように上へ伸びていくシルエットが印象的だ。
椿様のエスコートに恐縮しながら中へ入ると、壮麗なフロントが目を惹く。暖色系のライトが少しだけ緊張を落ち着かせてくれた。
「椿様。お元気そうで何よりです」
エレベーターから降りるや否や、コックコートに身を包んだ男性が一人、私たちを出迎える。厳格そうな目尻の皺に、緩む気配はない。
「言うほど元気じゃないけどね。まあ、ありがとう」