マザー症候群

 想定外の出来事を目の当たりにして、美波の意識は不思議や不思議、正常に。
 ストレッチャーの周りに所狭しと医療器具が置かれている救急車の中。
 救急隊員が受け入れ先の病院にスマホから電話を掛けている。
 救急隊員の型通りの受け応え。と、救急車の中のこの狭さ。
 どうにも落ち着かない。
 美波はぼんやりとストレッチャーに横たわっている凛を見た。
 目を閉じているのか。凛の表情は、ここからは余り良く分からない。
 その時、美波は激しい渇きを覚えた。と、言っても水の渇きではない。
 芳醇な琥珀色の液体。そう、アルコールの渇きである。
 とくとくとっく・・・。
 グラスに琥珀色の液体を注ぎ、飲みたい。飲みたい。飲みたい。
 一気に。いや、舐めるように。
 美波は目を閉じて、ウイスキーを喉に流し込む瞬間を想像していた。
 知らず知らずに舌が唇を舐める。
 ちろちろちろり。
 ああ、狂おしい、
 美波は、思わず髪の毛を掻き毟った。
 我慢の限界。
 このままでは、壊れる。何かが壊れる。いや、全てが。
 ああ、ああ、あー。
 爆発寸前。
 救急車が止まった。
 (助かった)
 美波はアルコールの呪縛から一時的に開放された。


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