祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「命令せずに、願ってください。それで十分です。私にできることなら、あなたの望みをなんでも叶えましょう」

 今度はヴィルヘルムが目を丸くして、ゆっくりと上半身を起こした。リラはその手を離さないまま、静かに微笑みかける。

「恋人ごっこなんて必要ありません。私はあなたの飼い猫です。飼い猫が主人に従うのは当たり前のことですから……違いますか、ヴィル」

 これでもかというくらい大きく目を見開いたヴィルヘルムの顔は、どこか抜けていて、いつもの冷厳さも聡明さも残念ながらあまり感じられない。

 そして目を細めて笑う顔もきっと彼を知る近しい者たちでも見たことがないだろう。

「随分とできた飼い猫だな、お前は。おかげで、誰にも渡したくなくなる」

 力強く、けれども壊れ物を扱うかのようにヴィルヘルムは両腕にリラを閉じ込めた。絡むことのない銀糸に指を通し、優しく口づける。

 その間もリラの胸中は、満たされる温かい気持ちと、逃げ出さなければ、と追い立てられる気持ちがせめぎ合っていた。それに気づかれないように、ヴィルヘルムの胸に顔を埋める。

 この気持ちになんて名前をつけたらいいのかリラには分からない。自分の本心がどこにあるのか、なにを願っているのか。

 分かりたくもなくて、知ろうとしてもいけない気がした。王の気持ちもだ。自分はただ、気まぐれに飼い慣らされている猫で十分だ。

 戯れでも、慰みでもかまわない。いつか別れなければならないなら、今だけでも。少しでもこの人の孤独を癒すことができるのなら――。

 これはふたりだけの秘め事。命令によってでも、利害関係からでもない。なにかに導かれるように自然とお互いを求めるこの先になにがあるのか。それはひどく甘くおぼろげで、うたかたなものだった。
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