祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「心配しなくても、約束を破るつもりはないわよ」

 辺りに人はいない。けれど、それは突然姿を現した。見えはしないけれど、マリーには感じる。

「相変わらず、敏い娘だな」

「あなた、暇じゃないんじゃないの。ルシフェル」

 どこか楽しそうな口調のルシフェルと違い、マリーの声は冷たかった。

「久々に戻った私の片腕が必死に働いてくれてるからな。そうつれない態度をとらなくてもいいだろ、マリー……いや、リラ」

「リラは死んだの」

 即答してマリーは眉をしかめる。そして、視界にぼんやりと映る光を見つめた。さっきからどこか遠くで音楽が鳴っている。

 リラはあの後、宣言通りルシフェルと契約を交わした。封印が解かれ、悪魔を宿さなくなったリラの見た目は、こげ茶色の髪にヘーゼル色の瞳と変化し、おかげで、誰からも訝しがられることはなくなった。

 しかしそれと同時に目が不自由になり、随分と苦労した。なんとか村まで戻ろうかと試みたが、その途中で、ある貴族の男に出会った。

 血縁者がなく、目が不自由だというリラのことを憐み、メイドとして住み込みで雇ってもらえることになったのは本当に運が良かった。

 まったく見えないわけではないので、物のとの距離感は大体分かる。けれども、見えないということが、こんなにも不便で不自由で、そして辛いものなのだとリラは知らなかった。

 置いてもらう以上、役に立たなくては、とリラはマリーと名乗ったうえで人一倍、血が滲むような努力をして、なんとか生活を、仕事をこなしている。

 最初は目が見えないことに戸惑ったりもしたが、徐々に慣れてきた。
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