あなたに捧げる不機嫌な口付け
ぎゅう、と背中に腕が回る。


右肩に頭がのった。

さらりと流れた髪が少しくすぐったい。


「それから、名前で呼んで」


肩口で追加のお願いが降る。


そうだ。呼ばなきゃ。

……呼ばないと。


ここが素直になりどきだ。ここが頑張りどきでしょう。


これだけよくしてもらって、不満もないのにいつまで他人行儀でいるつもりだ。いつまで甘えるつもりだ。


せっかく柵がなくなって、望み通り対等になれるのに、いつまで尻込みしてるの、私は。


しっかりしろ、甘えるな。


まずはここから。


……よし。


ぎゅっと口を結んでから、ゆっくり深呼吸をして。


大事に大事に、懐かしく呼び慣れた名前を呼んだ。


「ねえ、恭介さん。合鍵ってまだあるかな」


恭介さんは瞠目し、口をぽかんと開けて、停止して。


「っ」


じわり、唇を噛んで、俯いて。


掠れた息遣い。


一呼吸置いてから顔をゆっくり上げて、くしゃりと笑った。


ひどく、甘い顔だった。
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