素直の向こうがわ【after story】
どうにもいたたまれなくなって、私はそこから逃げるように退散した。
そして家に帰ってから徹にメールで文句を言ったけれど。
(あそこで黙っている方が、後々面倒だ)
なんて答えが返って来て。
結局、私は何も言えなくなる。
そして心の底では、いつか私たちのことを言う日が来るってことに胸が少しじんとする。
それからも相変わらずの忙しい日々。
でも、私の意識は変わって行った。
徹に会えない日々は、徹との生活の寂しさに耐える予行演習だと思えればそれも意味あるものに思えた。
怖がってばかりもいられない。
少しでも徹の支えになりたい。
そうなれるように頑張りたい。
そうやって前向きに考えられるようになって。
徹は、時間を見つけては私と話す時間を作ってくれた。
二人でいろんなことを話した。
徹の未来、私の未来、そして二人の未来。
そして、季節が秋に変わった頃。
私は、あることを決行しようと決めた。
それは、『私からのプロポーズ』
今度は私からちゃんと伝えたい。
私の決意を。
もう迷ったりなんかしない。
(明日、当直の日じゃないよね? 夜、時間ある?)
(俺もちょうど誘おうと思ってたとこ。じゃあ、明日)
勤務中もどこか落ち着かなくて。
隣に座る後輩の女の子も、もう恨み言は言わなくなったけれど、それでも「松本さんばっかり研修医と付き合ってるなんて羨ましい」とか「私にも誰か紹介してくれるように河野さんに頼んでください」なんて言って来る。
でも、こっちはそれどころじゃなかった。
――徹を支える良き妻になれるよう努力します。だから私と結婚してください。
この一週間、考えに考えたプロポーズの言葉。
なんだか古めかしい雰囲気が漂っている気がするけれど、決意の固さは伝わるよね――。
なんて思ってみたりして、一人会議を繰り広げて来た。
この言葉に思い至るまでの自分の決意を思うと、決して軽い言葉じゃない。
決戦を前にした武士のような気持ちで、その日の待ち合わせ場所のレストランで背筋を伸ばして徹を待っていた。