騎士団長殿下の愛した花
馬車は大きな屋敷へ到着した。てっきり真っ直ぐ城へ向かうのかと思っていたのでフェリチタは困惑してきょろきょろと辺りを見回す。
迎えたのは変わらず落ち着いた色の金髪を後ろで一つに結わえた姿のメリキスだった。フェリチタから見てレイオウルが個人的に彼の元に向かうほど仲が良い印象ではなかったので、その事に酷く驚く。
「久し……くはないな、レイオウル。いや、陛下と呼ぶべきか?」
「やめてください。あくまで僕にとって貴方は兄上ですから」
メリキスに軽口を叩かれたレイオウルが苦笑する。その様子を見てフェリチタはおや、と思った。彼女が知っている2人の関係よりも随分穏やかに見えたのだ。
フェリチタとレイオウルに椅子を勧めながら、それで、とメリキスはフェリチタに視線を向ける。
「彼女がお前が俺に養子にしろって言った娘だな?」
「……え……?」
フェリチタはひとり状況が掴めずに2人を交互に見つめた。
「はい。彼女を……妻にするために」
「ああ、前々から言っていたやつだろう。まったく、やっとお姫様を迎えに行ったのか」
「……即位式の後にしようと決めていたので」
「ふん、まあ賢明な判断だろうな」
メリキスがレイオウルに丸めた書状を手渡した。
「証明書だ。クリンベリル公爵家の養子である、というな。これでそこの娘は晴れて公爵令嬢だ」
「ありがとうございます……兄上」
レイオウルはその1枚の書状を大切そうに収める。その姿を見つめるメリキスの目は凪いで穏やかだった。そう、ただ兄が弟を見つめるような目。
「俺は王位継承権こそ無いが王族だし、怪しいことがあっても他の者達も詮索しにくいだろうからな……
お前が俺を頼ってきた時は何事かと思ったが、事情を聞いてからは俄然協力したくなった。まさか騎士団長殿下と揶揄されていたお前が、好きな女のために根回ししているなんて誰も思わないだろうからなぁ」