騎士団長殿下の愛した花
「それに、人は得てして噂話が好きだし、さっきアンに言った『幼い頃に許嫁と離れ離れになったが、運命の再会を果たした』みたいな、ああいう頃合いの話なんか皆特に好きだから。明日頃にはもう新聞の記事になってるんじゃないかな……ほぼ間違いなく世論は僕達を歓迎してくれるだろうから、貴族連中も表立って反対しにくいと思う」
(あの時アンさんに話したのは、意図的に噂を広めるためだったの……?)
あまりにも用意周到。淡々と説明するのはフェリチタの知らない彼。
───『王の決定に異議を唱えるつもり?』
つい先程の、あの声色が、あの目線が、フェリチタは怖かった。初めて体感する権力という名の武器。フェリチタにはあの場でどうすることもできなかった。
フェリチタは自分が腰に手をやっているのに気がついた。4年経っても抜けない癖。しかしあの頃とは何もかも違う今の境遇で、果たして佩いた剣が役に立とうか。
(だってもう、ここは戦場じゃない……)
レイオウルがぎゅっと強くフェリチタの手を握った。
「不安にさせてごめん。でも絶対守るから。僕は……王だから」
「……」
やがてフェリチタが口を開いたタイミングで扉がノックされ、一人の侍女が入ってきた。
何となく予想はしていたが年月が経ってもやはり全く姿が変わらない、水色の髪を結い上げた可愛らしい女性。
「ルウリエ!」
思わず名前を呼んだフェリチタを驚いた顔で見て、眉根を寄せてすぐに不審そうな表情になった。
「…………申し訳ありません、あの……お会いしたことが……ございますか?」
「あ……」
(そうだ、そうだった……覚えて、ないんだ)
レイオウルと接していたので思わず失念してしまっていたが、フェリチタは皆と初対面のはずなのである。さぁっと血の気が引く。それを察したレイオウルが口を開いた。