騎士団長殿下の愛した花
レイオウルが口を開いた瞬間に、声を発した瞬間に、しんと場が静まり返る。空気が変わる。フェリチタに向けられるものとは明らかに違う、畏怖、敬慕の視線。
フェリチタは否が応でも理解しなければならなかった。隣に座る青年は紛れもなく国王で、その花嫁である自分は王妃になるのだと。その事に今更のように自覚して微かに身震いした。
「フェリチタ?大丈夫?」
声を掛けられてから、もう音楽が流れ始めていることに気がつく。
「……あっ、うん、うん……大丈夫だよ、ごめんちょっとぼーっとしてた」
「顔色が良くないよ。踊るの、無理そうなら───」
「う、ううん!大丈夫!」
(そうだよ、ちゃんとしなかったら、色々言われるのはレイなんだから。しっかりしなさいフェリチタ!)
誰もが今日の主役が躍り出すのを待っている。フェリチタはレイオウルの手を取ると大広間に進み出た。
これほどの人数の前で踊るのは初めてで、当然緊張する。しかしレイオウルの体に触れた時、反対にレイオウルが体に触れた時、一瞬にして自分たちだけがここに立っているような───そんな錯覚に陥った。
レイオウルに腰を引き寄せられ足を踏み始める。フェリチタはリードされる前に自らステップを踏む。彼の瞳を覗けば次どうしたいのかがわかる。剣を突き合わせたあの時と同じ、状況は違えどその感覚は酷く懐かしいものだった。レイオウルの瞳が熱で揺らめく。唇が僅かに開く。
難しい動きは無い、シンプルなワルツを踊っているだけ。それなのに周囲の視線を吸い寄せる。2人のダンスはまるで劇の一場面のようだった。
曲調が変わる。2人は魔法が解けたように動きを止めた。
互いに見つめ合ったまま、何も言わずそっと手を放す。名残惜しそうに指の先がゆっくりと離れる。
段々と耳に会場の喧騒が戻ってきて、フェリチタは我に返った。習ったカーテシーを恐る恐るすると、わっと拍手が起こる。