騎士団長殿下の愛した花

「これは……大丈夫だったのかな……?」

「うん、大成功って言ってもいいと思う。挨拶回りフェリチタは今日はいいから、もう退場して───」

フェリチタの背に触れた指が強ばった。何事かと思い彼の視線を辿ると、見覚えのある顔がこちらに近づいて来ているのがわかった。

「お初にお目にかかります、フェリチタ様。シャノット家嫡男マルクスと申します。以後お見知りおきを」

レイオウルを視界に入れようともせずフェリチタに声をかける。国王に対する敬意は全く無い様子だ。嫌な感じは相変わらず健在のようだし、礼儀もなっていない。それならこちらの対応にも考えがある。

「ええ、シャノット“子爵”、陛下から伺ってよく存じております」

フェリチタの挑発にマルクスが顔色を変えてレイオウルを睨みつけ、レイオウルはその視線を真顔で受け止めた。フェリチタの記憶は何かに置き換えられているはずなのだが、変わらず2人は折り合いが悪いようだ。何はともあれ、こんな見え透いた挑発に乗るなど社交に向いていないにも程がある。

マルクスは激昂を抑えるように大きく深呼吸をすると引きつった笑顔でフェリチタに手を差し伸べた。

「フェリチタ嬢、私と踊っていただけませんか?」

「彼女は体調が優れないんだ、だからそれは……フェリチタ?」

マルクスがダンスに誘うなどレイオウルも悪い予感がしたのだろう、庇うように前に出たがフェリチタはそれを止めた。

「ええ、喜んで」

フェリチタは何食わぬ顔をしてマルクスのエスコートに従った。何を考えているのか、踊る貴族達を押し退けて中央に進み出ていくので当然非難の視線を集める。

ステップを踏み出しやすいフレーズに入ったところで踊り始める。決して上手くはないので、こんな事をしてただ目立ちたいのかとも思ったがそうではないようだ。だとすると───
< 159 / 165 >

この作品をシェア

pagetop