騎士団長殿下の愛した花
「!」
くん、と裾が引かれた。自分で踏んだ訳では無い。マルクスが踏みつけたのだ、意図的に。睨み付けると嫌らしい笑みを浮かべ、ぐいっと強く手を引っ張ってきた。
バランスを崩しそうになったが、ある程度何かをされるのだろうと予測していたフェリチタは力を入れてぐっと踏ん張る。ダンスが不慣れだったので念の為あまり高いヒールを履いていなかったのも功を奏した。
「う、わぁああっ!?」
フェリチタが抵抗する事を想定していなかったのだろう、マルクスは大声を出しながら逆につんのめって顔から床に転がった。一瞬しんと静まり返った大広間にはすぐに嘲笑が広がる。
(きっと皆の前で私に恥をかかせようとしたんだろうけど、計画が杜撰過ぎっていうか、間抜けっていうか……)
「……恐れながらマルクス様、夜会にご出席になる前に礼儀作法をもう一度学び直した方が良いのではないでしょうか。このように女性のリードも満足にできないご様子では、今まで貴方に言い寄られたご令嬢方も皆様お困りになっていたのでは?」
フェリチタの言葉に起き上がった姿勢で跪いたまま固まったマルクス。顔色が白や赤や青に目まぐるしく変わる。くすくす、と令嬢達の笑い声が聞こえてくるあたり、あながち間違いではなかったようだ。
「気分が優れませんので、下がらせていただきます」
マルクスを見下ろしながら告げると顔から表情が抜け落ちた。当然だ、自分の失態で主役を追い出した格好になるのだから。
お辞儀をして大広間から出る。この後マルクスがどんな状況になるのかは正直知ったことではない。フェリチタは許せていないのだ、あの日彼が決闘で卑怯な手を使ってレイオウルを傷つけた事を。