エリート外科医の一途な求愛
「でももう十二時間は経ってるんですよ。各務先生、大変だなあ~……」


美奈ちゃんが素直にほおっと息をつきながら、どこか羨望の瞳を浮かべるのを見て、木山先生は口をへの字に結んで肩を竦めた。


「大変なのは各務先生だけじゃないだろ」


そう言い捨てて、先に行った研修医の後を悠然とした様子で追っていく。
途中立ち尽くしている私の横を通り過ぎる時、小さく『ふん』と鼻を鳴らすのを聞いた。


私は肩越しにちょっとだけ振り返って、気づかれないように溜め息をつく。
『お先で~す』と医局を出て行く美奈ちゃんの背中を見送って、ようやく自分のデスクに着いた。


考えてみたら、一日中立ちっ放しで歩きっ放し。
疲れたな、と思いながらも、私の脳裏からオペ中の各務先生の姿が消え失せることはない。


私以上に疲れてるはず。
この程度で疲れたなんて言ったら、ちょっと恥ずかしい。


ゴーグルの向こうの鋭い瞳。
キビキビと無駄のない指示を繰り出す低い声。
そして、一ミクロンの繊細な術野で動く指――。


胸の鼓動がトクンと音を狂わせるのを感じて、私は思わず胸に手を当てた。
妙に頬が熱くなるのを意識して、一度大きく頭を横に振ってそれを誤魔化す。


その後、私は一時間だけ残業して医局を出た。
各務先生のオペが無事に終わったのがそれから二時間後だと知ったのは、翌朝出勤した後のことだった。
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