エリート外科医の一途な求愛
「か、各務先生、私が何歳か知ってて言ってますか」


可愛くないと思いながらも、そんな言葉しか口に出来ない。


「知ってるよ。三十路の一歩手前」

「そんな私に、結構酷いこと言ってるって、自覚してますか」


顔を背けたまま腕組みをする私に、各務先生はクスッと声を漏らして笑う。


「わかってるよ。でも、ホント。出来るだけ早く帰って来るからさ」


そう言って、彼はスラックスのポケットに片手を突っ込んだ。


「……それを励みにして、行ってくる」


組んだ腕が、無意識にカタカタと小刻みに震えるのを感じた。
なんだか視界に映る全ての物が、色を失って滲んでいく。


「木山先生の発表、あとどのくらいで始まる?」


そう訊ねられ、私は一度鼻をズッと啜り上げてから、ぎゅうっと目を閉じた。
少しクリアになった視界で、左手首の腕時計を確認する。


「この次、です。あと二十分くらい……」

「そっか。……じゃあ、途中まで聞いていけるかな」


各務先生も自分の腕時計に目を落としながら、ドアに手を掛けた。
そっぽを向いたままの私に、首を傾げる気配を感じる。


『入らないの?』と短く訊ねられ、私はもう一度鼻を啜った。
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