エリート外科医の一途な求愛
「開胸します。……メス」


各務先生は術野に目を伏せ、隣に立つ器械出しナースに一言そう告げた。
その手に素早く渡されたメスが、ギラッと光る。
彼は患者さんの胸に、一直線にメスを入れた。
その瞬間、私は反射的に目を背けた。


「クーパー」

「メッツェン、鑷子」


各務先生と第一助手が、それぞれ使用する器具を指図する。
次々とテンポよく器具が渡され、二人のドクターの手で患者さんの胸が開かれていく様子が、目を逸らしていても感じ取れる。


「今日のオペは、人工心肺を使わないオフポンプ術だ」


窓の一番前に立った教授が、見学する研修医たちに、オペの実況をするように説明し始めた。


「切開方法は、胸骨正中切開。開胸器で胸骨を左右に開き固定して術野を確保する。人工心肺を使うオペと比べて、手術時間の短縮、患者への手術侵襲が少ないといったメリットがあるが、執刀する医師にとっては心臓拍動下での施術になるから、難易度も高い。みんな、よく見ておきなさい」


教授の言葉に、研修医たちは各務先生の手元に真剣な目を注がせたまま、「はい」と答えた。
まさにそのタイミングで、オペ室では第一助手がナースに「開胸器」と指示している。


各務先生が、患者さんの病巣部を肉眼で捉える瞬間。
研修医や教授たちは、ガラスに身を乗り出すようにしてその様子を見守っている。
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