陽だまりの林檎姫
いかにも追加書きのようにされてあるからどんな重要な事かと思いきや見せかけのものだったとは。

この文章を訳そうと努力に費やした時間にただ疲労が襲ってきた。

だが人間味のあるその言葉に憎み切れない自分もいる。

どれくらい前の人間かは分からないが、文字の癖や文面からしておそらく男性だろう。

そこまで情熱的ではない彼は勉強に飽きながらも薬学と向かい合ってきたのだ。

独学かそれとも学校か、可能性としては学校の机で教師の話を退屈に感じて落書きをしたのだろう。

時には頬杖をついて、時には真剣なふりをして。

「…なんだコイツは。」

そう考えるとだんだん可笑しくなってきて笑ってしまった。

反抗期の妹に冷たくされたのだろうか、つい眠り過ぎて夕飯もとれずに朝になってしまったのだろうか。

彼の生活はとても平凡で温かみのあるものだ。

どういう経緯かいま北都の手元にこの本があるというのも面白い。

「こっちの本はどうだ。」

北都はもう1冊を差し出して栢木に訳すよう求めた。

頁をめくって落書きを探すと栢木も楽しそうに笑う。

「鬼の霍乱、って書いてます。」

それには北都も声を出して笑った。

何があったのか分からないがとても平和な落書きだ。

「同じ人ですね。文字がよく似てます。ここの癖なんかも。」

2冊の本を並べて見せる栢木に北都は近付いて覗き込んだ。

栢木の言う様に2冊の落書きはよく似ている。

「この人も一生懸命勉強したんですね。」

本の終わりの方まで使い込んだ跡があるところが彼の懸命さを表していた。

同じ本を通して生活を感じるなんて不思議な気がする。

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