陽だまりの林檎姫
「感情は一切出さずに、相手が叫ぼうが泣こうが笑おうが、同じ言葉同じ態度を繰り返して断り続けろ。」

栢木は頷く。

「引き込まれるなよ。出来るか?」

「はい。」

「隙を見せれば付け込まれる。お前に対する執着があればあるほど相手は強いぞ。」

「はい。」

少しずつ強くなる栢木の返事に比例して北都の気持ちも強くなってきた。

涙目に立ち向かおうとする儚い姿が愛おしい。

北都は言いようのない感情に押され片手で栢木を抱き寄せた。

「頑張れ。」

空気を通って聞こえる声と、北都の胸に触れた耳に内側から響く声が栢木を包み込む。

この人の声はここまで低かっただろうか。

ここまで優しく、心強く響いただろうか。

栢木は震える手を動かして北都の背中に触れた。

北都が一度は乗り越えた気持ちだ、道は違えど、抱える物の重さも違えど、一生を決める深い決断は同じだ。

だから勇気を。

「絶対に1人になるな。俺でもいいから動く時は必ず誰か連れていけ。」

北都の腕の中で栢木が頷いた。

「相手と2人になるのは危険だ。もし対峙して相手がお前を手に入れようと脅してきても怯むなよ?例え俺が巻き込まれるような事を言われても、断り続けるんだ。」

「でも、もし本当に危害を加えようとしたら……っ。」

「それを思わせてお前の感情を操作するのが狙いだ。脅しに入る場合、お前の家族か…俺の名前を引き合いに出してくる可能性が高いと思う。俺なら大丈夫だ、危害を加えられるような場面は来ない。圧力をかけられたとしてもそれを跳ね返せるツテはある。」

いつになく力強く諭す声に栢木は腕の中で僅かに顔を上げた。

近すぎて顔は見えないが嘘や強がりの様には聞こえない。
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