陽だまりの林檎姫
ここを離れ逃げ出しても遠くない内に見つかるだろう、全てが駄目になると栢木はそう考えていたのだ。

「勇気を下さいね。」

そう言って栢木は初めて自分から北都の手に触れた。

控えめに、本を持つ手の上に重ねる形で北都の体温を感じ取る。

自分とは違う男の人の手に、少しのトキメキと切なさを感じて胸が熱くなった。

必死に立ち向かおうとする栢木の姿に打たれ北都は何も言えなくなる。

栢木は覚悟を決めていた。

ならば自分に出来ることはなんだろうか。

「栢木。」

「はい。」

「相手に会った時、必要以上に言葉を返すな。」

予想外の言葉に顔を上げると精悍な顔つきの北都が待ち構えていた。

瞳に宿す光が強い、北都は何かを決めたのだとそう栢木にも分かった。

「困ります、止めてください。相手を受け入れられないという言葉を何度も繰り返して話を切るんだ。感情も出すな。」

「北都さん。」

「断りたいんだよな?」

本当の気持ちはそれでいいのか、まっすぐ向けられる強い眼差しは栢木の心の奥深くを求めてくる。

栢木の本当の気持ち。

嘘は駄目だと、誤魔化しは出来ないのだと悟った。

強がるところではない。

「…はい。断りたいです。」

「なら、機械的に断れ。」

栢木の答えを受けて北都はより深みを持たせた言葉を放った。

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