イジワル上司に甘く捕獲されました
「……そろそろ泣き止んだら?」

カツン、と小気味よいハイヒールの音を響かせながら私に近づいてくるスタイルのいい女性。

ハッとして振り返ると呆れたような表情の峰岸さんがいた。

「……こんなことだろうとは思ったけれど」

ひとり言のように言う峰岸さんは、散々な状態の私をチラリと見て、棚にもたれかかった。

私は無理矢理ゴシゴシと目を擦って峰岸さんから視線を逸らす。

……また峰岸さん。

私の様子を見にすら来てくれない潤さん。

来れないことはわかっているのに。

でも。

峰岸さんがどうして……?

まさか潤さんに言われたから?

猜疑心ばかりが渦巻く。

「……すみません、まだ資料を探せていなくて」

余裕がなくて愛想のカケラもない声で言う私に。

峰岸さんに背を向けて棚のファイルに手を置いた時、背後から冷静な声がかかる。

「いらないわよ。
元々そんなファイル、存在しないから。
あなたをここに行かせるための口実」

「えっ……」

思わず振り返ると。

眉間にシワを寄せた峰岸さんがいた。

「あのねぇ、ここは職場。
あなたはこの会社の社員なの。
……さっきの皆川さんの言葉がショックなんでしょうけど、大人なんだから個人的な感情で泣きわめいていいわけないでしょ?
そんな顔して営業フロアに出れると思ってるの?」

物凄く正論で、キツい言い方をしているけれど、そこに何故か峰岸さんの配慮を感じられた。

「……上司として言うわ。
今日はもう急ぎの仕事はないでしょ?
そのままロッカールームに寄って帰りなさい。
あなたの後片付けは、私が済ませておくから。
……明日までに気持ちを整えて出社してちょうだい。
ほら、さっさと行きなさい」

あくまで、少し呆れたような表情を浮かべながら言う峰岸さん。

私はまさか、そんな指示をされるとは思わなかったので、まだ涙が残る瞳で呆けたように峰岸さんを見つめる。

そんな私の視線を訝しんだのか、峰岸さんが面倒臭そうに髪を掻きあげる。

「……何よ?」

「……いえ、そんな風に言われると思わなかったので……」

ふん、と顎をツンとあげて腕を組みながら峰岸さんが言う。

「当たり前でしょ、社会人なんだから。
仕事場の雰囲気を壊したいの?
……だけど」

言葉を切って。

「……一人の女性としてはあなたは間違っていないと思うわ。
……私にはできないけれど。
きっとそこがあなたと私の違いね」

弱々しささえ感じられるような声音で続ける峰岸さん。

私はただ茫然と峰岸さんを見ていた。

「……ほら、早く帰りなさい」

それだけ言って峰岸さんは踵を返して資料室から出ていった。

来た時と同じ様にカツン、カツン、と意思の強さを感じさせるようなハイヒールの音を響かせて。



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