イジワル上司に甘く捕獲されました
緊張しながら、ひとつひとつ番号を押して。

耳に鳴り響くコール音。

一回、二回、三回……。

やっぱり仕事用の携帯電話だから今日は繋がらないかも、と意味なく安心しかけた時。

「……はい」

聞こえてきた低い声。

ドクンッと響く大きな鼓動。

一瞬詰まる声。

「……誰?」

返答がないことを怪訝に思ったのか再度聞こえた瀬尾さんの声に。

「……す、すみません……。
た、橘です……」

消え入りそうな声を出す私。

「橘?」

「は、はい……」

「……大丈夫なのか?」

間違えて飲むなよ、大変だったんだぞ、とか第一声にお小言か文句を言われると思っていたのに。

実際に言われた言葉は大丈夫か、なんて。

意外な優しさに戸惑ってしまう自分がいて。

耳が熱くなる。

「だ、大丈夫です。
き、昨日はすみませんでした。
あの、さっき起きて妹に事情を聞いて、それで……」

「電話した、と」

早口になった私の言葉じりを捕らえる瀬尾さん。

「……そうです。
あの……私、連れて帰って来ていただいたんですよね……」

「そう。
お姫さま抱っこで」

しれっと返答されてさらにブワッと顔が赤くなる。

電話で良かった……。

だけど。

電話だと瀬尾さんの声が近くて。

ハッキリと聞こえすぎてしまって。

すごく近くで話しているみたいな錯覚に陥って余計に落ち着かない。


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