イジワル上司に甘く捕獲されました
「お、ありがとう、助かるわ。
夏は素麺、食べたくなるよなぁ」

長い指が紙袋を受け取って、嬉しそうに中を見ている。

「で、では私はこれで……」

後退りさながらに去ろうとする私を瀬尾さんの声が引き留める。

「橘、俺さぁ、昨日全然飯食えなかったんだよね。
仕事片付いてすぐ店に向かったら、可愛い部下が酒飲んで酔っぱらっちゃったみたいで。
すぐ、送る羽目になってさぁ。
今もすっごく腹減ってるんだけど、俺、料理嫌いなんだよね」

ニッコリと魅力的な笑顔で私に言う瀬尾さん。

それってもしかして……。

嫌な予感を感じながら、おそるおそる口にしてみる。

「わ、私がよかったら素麺を茹でましょうか……?」

「良かった、助かる。
じゃ、作って」

アッサリ提案を受け入れられて。

どうぞ、と言わんばかりに玄関ドアを大きく開けてくれる瀬尾さん。

「……わ、私、部下なんですけど……お、お邪魔しちゃって大丈夫なんでしょうか……」

疑問を口にする。

だって、私一応、女子だし。

部下とはいえ女子だしっ。

男性のしかも独り暮しの上司の家に上がり込むなんて……。

「ああ、そんなこと?
大丈夫じゃない?
尚樹なんてしょっちゅう、来てるよ」

「な、尚樹?」

「ああ、桔梗。
仕事中はケジメのために名字で呼んでる。
あいつは仕事中も同じだけど。
同じマンションだって言わなかったか?
俺の真上の部屋だよ」

「……近いことは聞きました」

なら、問題ないだろって、なんてことない表情で言われるともう何か何もかもどうでもよくなってくる……。

桔梗さんは瀬尾さんの同期だし、そもそも男性だし、私とは立ち位置が全然違うって言いたかったのだけれど。

……意識してジタバタしているのは私だけみたいなので、もう気にすることはやめた。
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