イジワル上司に甘く捕獲されました
お弁当を作ってくれる人が現れただけで。

こんなに精神的にグチャグチャになってしまう私は本当に幼くて。

仕事まで放り出してしまうなんて社会人失格もいいところで。

「……ふっ……」

俯いた途端、涙が零れ落ちた。

泣いたって仕方ない。

瀬尾さんは私のものじゃない。

私の好きな人であっても私の彼氏にはならない。

瀬尾さんには瀬尾さんが想う誰か、がいる。

私が真下の階の住人だったから。

真央に頼まれたから。

部下だったから。

優しくしてくれていただけ。

心配をして。

面倒をみてくれていただけ。

わかっている。

わかっている?

本当に?

だって。

たまに私の頭を撫でてくれる大きな手も。

長い指も。

繋いだ手の温かさも。

見つめられると緊張してしまうくらいの綺麗な瞳も。

低い素っ気ない声も。

休日の眼鏡姿も。

たまにしか見せてくれない笑顔も。

包まれているような香水の香りも。

全部、全部。

覚えてしまっていて。

忘れることはできないから。

せめて。

私に向けられた瀬尾さんのカケラを。

それくらいは。

私だけのものとして心の中にしまって。

……今はそれが精一杯。





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