黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「武器を捨てさせれば、彼を死なせないと約束して。襲撃したことを不問にして国へ返すのよ。それができないのなら、なにをされてもこの手を放さないわ」
マリウスが感心して眉を上げた。
これではフィリーにとってギルバートがどれほど大切か、認めたようなものだ。
ギルバートがひとりでここへ来た理由も。
でもフィリーには、ほかに言い訳が思いつかなかった。
マリウスが口の端を歪めて頷く。
「いいだろう。僕と結婚する前に別れ話をしてくるんだ」
馬車の外はすでに血の海だった。
国境に向かって狭まる道の上で、左手には険しい崖が迫り、右手にはプルガドール湖の波が打ち寄せる。
近寄れば剣も満足に振れず、混乱した隊列の半ばにいる敵だけを銃で狙うことも難しかった。
ひとり、またひとりと、兵士たちが絶叫とともに打ち倒されていく。
「あれは本物の悪魔か」
マリウスが呟き、フィリーの腕を掴む。
首筋に剣を向け、凛とした声で叫んだ。
「武器を捨てろ、地獄の騎士!」
兵士たちが振り返り、慌てて左右に避ける。
開かれた道の先に、黒いマントをまとった騎士が立っているのが見えた。
ミネットの軍隊をいくつも壊滅させた、悪魔に一番近い男は、いつも背中に死を連れている。
ギルバートの腕からは絶えず血が伝い落ちていたが、氷の目はまだ戦いの最中にあった。