黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
フィリーは憎悪がつま先から駆け上がってくるのを感じ、マリウスに掴みかかった。
「死なせないと約束したじゃない、卑怯者!」
ロジャーがフィリーの長い髪を鷲掴んで引き離し、腕を振り上げる。
とっさに目をつぶると、強く頬を叩かれた。
「王太子殿下に向かってなにを言うか!」
頭の中が揺れ、顔が熱くなる。
痛みが広がるより早く、ロジャーが悲痛な叫び声を上げた。
目を開けてみると、ロジャーの肩にグリップの黒い短剣が突き刺さっている。
フィリーはハッとして振り返った。
湖のほとりに伏せたギルバートが、僅かに頭を持ち上げる。
「その女に傷ひとつでもつけてみろ。泉下の淵から蘇って、貴様の心臓を引きずり出してやる」
低い囁きが地を這い、呪いとなって響き渡った。
やっぱりあの男は悪魔と契約を交わしているのだ。
心臓を撃たれても生き返った。
兵士たちが恐れ慄き、騒ぎ立てる。
思わず駆け出そうとしたフィリーをマリウスが捕まえて抱き上げ、馬車の中に押し込んだ。
「約束通り死んでいない。きみはこのまま国へ帰るんだ」
フィリーはすぐに起き上がってドアに飛びついたが、馬車はすでに動き出していた。
兵士たちを追い越し、倒れたギルバートを置き去りにしていく。
フィリーは両手を握り合わせ、フリムランで過ごした日々を思い返して強く祈った。
誰かギルバートを見つけて。
どうか彼を死なせないで。
馬車はどんどんスピードを上げ、ついに国境を越える。
フィリーはミネットに戻ってきた。
戻ってきてしまった。