黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
25.
次の日の朝は、空が青く氷のように透き通っていた。
国境の方角に雪の色の稜線が浮かんでいる。
フィリーは窓を開け、鋭く尖った冬を胸の中に閉じ込めた。
目をつぶって祈りを捧げる。
フリムランとの国境に連なる険しい山脈が、ギルバートとフィリーをいつまでも隔て、彼をミネットから遠ざけてくれますように。
冷たい風が吹いて頬を撫でる。
ふと顔を上げてみると、離宮の西側に建つ小劇場の屋根の上を、帽子を被った黒っぽい人影が歩いているのが見えた。
肩に針金で括ったブラシを担いでいる。
煙突掃除人だった。
「まあ!」
フィリーは思わず窓から身を乗り出し、目を凝らした。
ブロムダール城に来ていた煙突掃除人ではなさそうだ。
でも、あの人に触れればギルバートに幸運が訪れるかもしれない。
無事を願うことしかできないなら、せめて優しい記憶に縋りたかった。
フィリーは侍女たちの目を盗み、こっそり部屋を抜け出した。
マリウスには不用意に出歩いてはいけないと言いつけられているけれど、きっと日がな一日窓辺を動かない女と思われているから、しばらくの間は気づかれないだろう。
フィリーは誰にも見咎められないよう、慎重に隠れながら庭園へ出た。
小劇場の屋根にはもう姿がない。
幾何学的に広がる散歩道のうち、人目につかないほうを選んで宮殿の方角へ向かった。
乾いた寒さが肌の上を滑り、吐く息を白くする。