黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「オスカー、先に砦へ戻って医者を呼んでくれ。フィリーを連れてすぐに追いかける」
「わかった。ブラインに戻るまでは気をつけろ」
オスカーが頷き、石の階段へ急ぐ。
ギルバートは冷たい水に濡れたフィリーをしっかりとマントに包み直し、オスカーの後を追った。
白い耳にキスをする。
「帰るぞ、シュガー」
全員が階段を上りきった頃には、岩場の大半は汐に覆われ、洞窟の入り口も波の中に隠れていた。
足の先から恐怖が駆け上がってくる。
もし間に合わなければフィリーはプルガドール湖の底に沈み、永遠にブロムダール城の奥深くに閉じ込められていた。
もう二度と、フィリーの安全をほかの男に任せるような真似はしない。
たとえ国を捨てることになったとしても。
城の入り口では、出立の準備をした黒旗騎士団とマック・アン・フィルがギルバートたちを待っていた。
石橋の大部分が湖にのみ込まれている。
すぐに橋を引き返さなくては、波の上に取り残されてしまう。
黒馬へ急ぐギルバートの前に、突然、女伯ヴァイオレットが飛び出してきた。
頬は青白く、肩が震えている。
緑がかったヘーゼルの虹彩が線のように狭まり、ひどい緊張状態にあった。
乱闘のおかげで拘束を解かれたのだろう。
妹を裏切りマルジオに忠義を尽くしてきたヴァイオレットがどんな経緯で縛られることになったかは知らないが、ギルバートには関係のないことだった。
伯母であろうと、フィリーには指一本触れさせない。