黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい

34.

満月の夜だった。
すべての波が寄せ返すことをやめたように凪いでいる。

窓辺の椅子に座って本を読んでいたフェリシティは、ふと顔を上げた。
黒いマントを身につけたギルバートが、月の射すバルコニーから部屋の中へ戻ってくる。

フェリシティはパッと立ち上がった。

ギルバートが腕を伸ばし、フェリシティの背を引き寄せる。

額にキスをされ、泣きたくなった。
小さな声で呟く。

「もう行くのね」

ギルバートの大きな手が頬を撫でた。

「そうだ、シュガー」

顎を持ち上げられ、目を閉じる。

世界中で最後のキスだと思った。
ギルバートが行ってしまう。

本当はその腕にしがみついて、どこへも行かないでと泣き叫びたかった。

おいていかないで。
ギルバートがいないのなら、満月にも波の音にも意味はない。

泣かないで、顔を上げようと思えるのは、いつもギルバートがそばにいてくれたからだった。

キスをやめにして瞼を上げると、氷の目がまっすぐにフェリシティを見つめていた。

「きみを連れ去りたい」

ギルバートが騎士らしく跪き、フェリシティの指先に唇を寄せる。
口の端を持ち上げ、恐れることなんてなにひとつないかのように笑った。

「フィリー、俺と一緒に来てほしい。きみさえ許してくれるなら、このままキールへ攫っていく」

フェリシティは目を丸くしてギルバートを見下ろした。
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