黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
強くて、聡明で、優しい人だ。
夫を亡くし、お腹の中で大きくなっていく子どもを抱えて逃げながら、考えられるすべての策を尽くした。
フェリシティはどれほどの母親の愛に守られ、生きてきたのだろう。
ライアンが愉快そうに首を傾げる。
「それから、フィリーの愛称は私がつけた。まだ聞いていなかったんだな」
ギルバートが小声で罰当たりな悪態を吐く。
フェリシティはそれで、あることを思い出した。
「マック・アン・フィルに名前をつけたのは、ナバの宰相だと聞いたわ。それもあなたなの?」
ライアンが満足そうに頷く。
「母親に似て、きみは賢いんだな。ギルバートにあの黒馬を与えてやった頃、フィリーにはナバの火竜の騎士伝説についての本を渡した」
フェリシティは信じられない気持ちで煙突掃除人を見返した。
いったいどこからどこまでがライアンの計画だったのか。
ミネットとフリムランが正常な国交を回復すれば、両方と国境を接するナバにも必ず利益は巡ってくる。
宰相はナバが直接王女の亡命に関わることを回避しながら、両国の関係を修復させた。
ギルバートとフェリシティは、いつまでもナバへの感謝を忘れないだろう。
フェリシティは目を丸くして囁いた。
「それなら、私がずっと待っていた夢の騎士って、本当に……」
ライアンがようやく仕事を終えたというように、深いため息を吐く。
「どれもこれも、我が主君とナバの平和のためにしたことだ。煤だらけになりながらね」