黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
凍てつく夜のルハルドは深い霧の中に沈む。
キール伯爵家の別邸はラーゲルクランツ城の裏手にあり、荘厳で優雅な佇まいをしていた。
左右に大きな灰色の三角屋根を持ち、中央の玄関に煌々と明かりを灯して主人の帰りを待っている。
十年間、ギルバートが社交シーズンを別邸で過ごしたことは一度もなかったが、家令のフランツは冬になると毎年屋敷の準備を完璧に整えた。
満足そうに微笑んだフランツが玄関ポーチで待ち構えている。
「おかえりなさいませ、閣下」
白い髪が映える初老の家令は、父の代からキール家に仕え、無茶ばかりする少年だった頃のギルバートをよく覚えていた。
十三歳でナバへ遊学し、帰国して十年戦場にばかり出向く主人が、この別邸から彼にふさわしい華やかな舞踏会へ通うことを心より望んでいる。
「苦労をかけたな、フランツ」
外套を受け取ったフランツが感極まって涙ぐむので、ギルバートは思春期のティーンのように居心地が悪くなった。
「とんでもないことでございます。何度必要ないと断られても、こうして閣下の帰りをお待ち申し上げていた甲斐がありました」
エントランスホールは豪奢なシャンデリアの輝きに照らされ、階段の手すりに埃のひとつさえない。
ギルバートは金の額縁に飾られた両親の肖像画に目をやった。