黒騎士は敵国のワケあり王女を奪いたい
「ごめんなさい。私の兄も、プルガドール湖で亡くなったの。兄はキール伯爵家にお仕えする騎士でしたから。ギルバート様は国の英雄だもの、あなたが恋に落ちるのは当然ね」
カミラが慈しむように亜麻色の髪に櫛を通していく。
フィリーにはもう振り返る勇気がなかった。
ミネットが奪ったものが、この国には数えきれないほどある。
砦を取り返しても、カミラが失くしたものは戻ってこない。
カミラの涙がフィリーの首をゆっくりと絞め上げた。
フィリーはミネットの侵略に傷ついたカミラを、最悪の方法で騙している。
今その手で髪を梳く女が王家の娘だとわかったら、カミラはどんな報復を望むだろう。
けれど正体を明かすことは許されなかった。
ミネットの城の中でひとり、外のことをなにも知らずに育ったフィリーには、謝る資格さえない。
どうすれば、ミネットはこの罪を償えるのか。
「私たちは長い間、ギルバート様に闘いの孤独を背負わせてしまったわ。だから、あなたのお世話を任せてもらえてとてもうれしいの。どうかギルバート様のそばにいてあげてください。あなたと王都でこの冬を越えて、ひと時でも復讐を忘れてくださればいいのだけど」
フィリーは叫びたくなった。
本当は、ギルバートはフィリーを恨んでいる。
この顔を見てミネットへの憎しみを増すことはあっても、復讐を忘れることなど決してない。
ミネットの王女はギルバートをただ地獄へ駆り立てる。
すべての人を。
だから夢の騎士でさえ、呪われた王家の血族の最後の娘を、城に閉じ込めたままでいたかったのかもしれない。