副社長と愛され同居はじめます
「えっ……、な、なに?」



シートに片腕を乗せて成瀬さんの上半身が近づいた。
近づいた分だけ私は反対側へ身体を寄せて離れたのだけど、とん、と左肩がドアにぶつかった。


行き止まり、だ。



「そろそろ、見返りを期待してもいいという意味だろう?」

「え? いや、あれ? そうじゃなくて」



ずい、と更にこちら側まで乗り込まれて、逃げ場のない私はすぐ間近で成瀬さんの顔を見ることになる。


ここまで近づいたのは、初めてだ。
暗い車内で、窓から入る対向車線のライトや外灯が時折通り過ぎる。


断続的に見える彼の表情は、とても蠱惑的で深い深い夜の海のような黒い瞳に今にも吸い込まれそうだった。



「そうじゃなくて、何?」

「いえ、だから。なんでかなって、思っただけで?」



心臓が跳ねて、ぎゅっと握りしめた手にじっとりと汗がにじむ。


逃げ場がない車内、背中はドアで突き当り、目の前には傾いで私の顔を覗き込む端正な顔。
せめて、視線だけでも逃げたいのに、私の目はすっかり彼の瞳に捕まってしまっている。



「俺が何も欲しがってないと、どうして決めつける?」

「え?」

「俺は忙しい。何の意味も無く金と時間を費やしたりするほど暇じゃない」



あ、ですよね。
だから、何が目的かって、そこを聞きたいだけなんだけど、何この無駄に近い距離と不要な色気。


急に妖しく甘さを含み始めた空気に狼狽えて、ぎゅっと自分の胸元で手を握る。
するとその左手が、やんわりと彼の大きな手に浚われた。

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