夢物語【完】
「お楽しみのところ悪いんだけど、俺らがいることも忘れないでね」
あたしの後ろから聞こえた声で閉じていた目を勢いよく開けると、あたしたちの周りにはバンドメンバーが勢揃いで抱き合うあたし達を見ていて、一気に恥ずかしくなった。
あたしは何をやっているだ!ここは公衆の面前であって、抱き合って泣いてるなんて、こんな恥ずかしいことを。
高成の胸の中でおろおろしてると、そんなことは気にしない!とでもいうように、ぎゅっとあたしを抱き直して「お前ら、邪魔すんじゃねえよ」と、呆れた声が頭上から聞こえた。
この人は周りの目線はどうでもいいらしい。
溜息が聞こえて、あたしから温もりが離れた。
どうやらあたしは乙女らしく、それだけで寂しくなった。
恋のせいで心がやられているらしい。
そんな気持ちにまた気付いたか、気付いてないかわからんけど、あたしの手をぎゅっと握った。
高成はあたしを少し後ろ側に立たせて、振り返ってあたしを見た顔は少し微笑んでた。
高成の前にいるメンバーからはあたし達が手を繋いでいるのが見えんようにしてる。
明らかに不自然やけど、そんなことが今は一々嬉しすぎる。
あまりの嬉しさに高成の背後に隠れてにやける顔を隠した。
「なに、ニヤけてんのよ」
超至近距離で、しかも耳元で声が聞こえて、あたしはびっくりしてニヤけてた顔を一瞬で戻せた。
そっと顔を上げるとあたしよりも少し背の低い綺麗な女の人が腕を組んで立ってた。
「半年ぶりかなんだか知らないけど、そんなんじゃ彼女なんて務まんないわよ」
あたしを冷ややかな目で見るとフッと鼻で笑った。
知らない人に説教みたいな事を言われてイラついた。
でも「おい、偉そうな口きくな」と、KYOHEIがその女の人の頭を叩いた。
「痛いじゃない!」
「うるせぇよ」
「言わなきゃわかんないでしょ?!」
「うるせぇって」
「なにがうるさいのよ!」
「こいつらのことだろうが。お前が口出しすんな」
何を言うてんのかわからんあたしは文句を言うのをやめた。
女の人もあたしではなく、KYOHEI相手につっかかっていて、あたしから完全に意識を飛ばしてる。
「ごめんね、びっくりしたでしょ」
ほっとしたのもつかの間、ドラムのSATORUが声をかけてくれた。
あいつなりに心配してるだけだから、って微笑んだその顔は大人の男の人で、その空気にのまれる。
「こら!」
危うくのまれそうになったところを高成の低い声があたしを引き留めた。
油断も隙もねぇ、と溜息混じりに高成が言うと隣で立っていたSATORUはあと少しだったのに~、と残念そう。
あと少しってなにがなのって思ったけど、親しくないから言わんことにした。
そういえば、4年前にあたしのネックレスを拾ってくれていたのもSATORUやった。
あの時も雰囲気が飛び抜けて大人って感じで、ぽ~っと見てたのを覚えてる。
SATORUがあたしの事を覚えているかどうかなんてわからんけど。
そう思ってたから、まだ付けてるんだね、って言われたときは驚いた。
「覚えてくれてたんですか?」
「そりゃあ、もちろん」
可愛い女の子は忘れないよ、と爽やかに言ってくれる。
あたしは危うくSATORUの全てを鵜呑みにするところやった。
その他にも理由はあるけどねって笑った視線の先には高成がいて、もしかしたら、あたし達の経緯を全部知ってるんじゃないか、と思った。
そんなあたしの心が読めたのか、何も聞いてないからね、とまた微笑んだ。
あたしは自分の周りにいる人間が全員宇宙人なんちゃうかって疑ってしまいそうになる。
圭ちゃんもあたしと高成が付き合い始めたとき、何も言うてないのに「彼氏できた?」と突っ込んできた。
高成は4年前から変わらず、電話越しでもあたしの心情を察してドンぴしゃで当ててくるし、まさかのSATORUにまで心を読まれた。
あたしのプライバシーってないんちゃうか?って思うくらい、周りの人間には透き通って見えてるらしい。