夢物語【完】

あたしがドキドキソワソワしてる間に入館料はとっくに払われてて、それに気付いたのは周りの景色が暗くなったことに気付いたとき。

「あれ、あれ?真っ暗。いつの間に?!」

やっと戻ってきた、と笑う高成の左手は知らんうちに、あたしの右手としっかり絡まってて、引っ張られるように歩いてた。
かぁぁぁぁっと顔が熱くなってきたのが分かる。

突然、心臓がバクバクしてきて、手にはうまく力が入らん。
遅めの緊張にあたしはテンパリ寸前。やのに「ね、これ可愛くない?」と、青く光る小さなクラゲを指して笑った。

あたしの気も知らんと、そうやって可愛く笑うから、またドキドキして水族館を楽しめん。
あたしの人生の中でデートっていう名のお出かけは数回しかない。
元々、恋愛下手なあたしは好きな人と両思いになっても長くは続かんかった。だから、デートの数なんて今でも数えるほどしかないし、流れとか雰囲気とか、そんなこと言われても全然わからん。

ここ4年はずっと高成のことばっかりで他の男の人を見ることなんかなかった。
4年のブランクがあるあたしの心臓と神経は緩みきってて、今にもちぎれて崩壊しそう。

「あのさ」
「うん?」

心臓バクバクやのに話しかけられると落ち着いたように返事してしまうあたしはなんなんだって思ったけど、少し前を歩く高成はあたしを見ずに話しかけてた。

「緊張してんのは俺も一緒だから」
「へ?」
「そうやって俯かないでよ」
「え?」
「なんか、寂しいじゃん」

ふいってそっぽを向くようにして、また歩き出した高成をなぜか可愛く思えた。
緊張してるとか寂しいとか電話で聞くことはあるけど、どんな顔して言ってんのかな?とか、やっぱり思うわけで気になってたわけで。
でもこんな顔して言うてたんやなって思ったら、なんか可愛く思えて、あたしだけが知ってる高成なんやなって思ったら嬉しくて、思わす繋いでいた手を強く握った。

「何ニヤけてんの」

少し赤くなって笑う高成はあたしの気持ちに応えるようにさらに強く握った。

まさかの両想いになってから会えんあたし達。
両想いやったのに遠回りしたあたし達。
会いたいのに会えんかった半年を経て、今あたしたちは一緒にいる。
大好きな水族館に連れてきてくれた高成。そんな水族館に興奮しすぎたあたし。

興奮しすぎて手を握っていることに気付かんかった。
我に返ってテンパるあたしに寂しいという高成。
なんかデコボコじゃない?と思うけど、それはそれであたし達らしいと言えばそうやし、もったいない時間の使い方だな!と言われればそうかもしれん。

なんやかんや言っても高成がこうして隣で手を繋いでくれて、一緒に歩いてくれることが何よりも幸せで、あたしの顔は無意識にも緩んでしまう。

「ニヤけてないよ」
「思いっきり顔緩んでたじゃん」
「そう?」
「そうだよ」
「そっか」
「ん?」

あたしが別の意味で笑ってるんやと勘違いしてたんか、ずっと前を見て歩いてた高成があたしの言葉で振り返った。
言葉の続きを待っているらしい。

こうやって歩いてることとか、手を繋いでいることとか、今この瞬間を共にしてることが夢みたいなんやけど、現実なんやなぁって思ったら嬉しくて「ニヤけてしまった」と言った後で急激に恥ずかしくなった。

顔が熱くなって火照っていくのが自分でもわかる。
ガラじゃないのが自分でも分かってるから俯いて黙ってしまう。
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