夢物語【完】

気付けば水族館から出て、空は晴天。
太陽が眩しくて、目をぱちぱちさせた。

一応、全部見たけどさ。イルカも見たし。
高成があたしを担いでたから通り際にちらっと“見えた”だけやけど?
まぁ、見たとして。
見たけど、ショーだって見たかったし、もっとゆっくり手繋いで歩きたかった。

まぁ、これは本音やけども。
今日はなんであれ一緒にいれるんやから、別にええんやけどね。

「何、百面相?」

沈んだり、紅潮したりするあたしの顔をかがんで見る高成の上目遣い。
この顔に弱い。上目遣いで胸がキュンってするのって男が女に対してだけなんやって勝手に決めてた。

上目遣いが可愛いとか、それって全部女の仕草がどうのこうのって話のことやと思ってたけど、その反対もあるんやなって、知った。
だって、その顔、可愛すぎる。

確信犯ならずるいよな~って思いながら、目を合わせるとニヤけた高成。

確信犯かい!
なんか悔しいから、緩みそうになる口元を必死で堪えようと我慢したら次は目元が緩んできて、真顔ができない。
頑張って顔中のあちこちに集中していたら、

「ぶはっ!変な顔!」
「なに?!」

高成のせいで!!って言おうと思ったのに、手をひいて歩き出すから何も言えんくなった。

ずるいヤツめ。
口でも勝てん、行動でも勝てん。
どうやらあたしは高成に振り回される運命にあるらしい。
それでも好きやからしかたない。

結局、惚れたもんが負け。
嫌でも、ムカついても、笑った顔を見ただけで全部許してしまう。
笑った顔も、意地悪な顔も、拗ねた顔も、全ての行動も、あたしは愛おしくて、愛おしくて、しかたがない。

でも、やっぱりショーは見たかった!!とは言えども、そもそも、なんで水族館出てきたのか、というのが疑問。

そりゃ、有名なのは知ってる。
最近は知名度だって上がってきて、4年前以上に声をかけらているんだろうなってわかってる。でも、変装道具をひとつも持っていない高成もどうかと思う。
水族館も歩き続けるわけやから、ちょっと怪しくなるけど、こっそり見ればショーだって見ること出来たんじゃ‥‥と思ったけど、言うのはやめた。

「てかさ、何で笑ってたわけ?」

あたしが目の前でアホ面してたから?って続けようと思ったけど、これもやめた。頷かれたら地味に傷つく。

隣を歩く高成を見上げると、さっきと同じ顔で何か企んだような、楽しそうな顔で遠くを見ていた。そして、そのままあたしを見おろした。

「対抗心」

そう言うとニッと笑ってあたしを抱きしめた。

「?!?!」

びっくりしすぎて声が出ない。

今日の高成、変!ていうか、初めてのデートやから何が変で何が変じゃなんいかわからんけどさ!でも、こんな公共の面前で抱きつくことなくね?

「俺の勝ち!」

あたしの心の疑問なんか届くはず無い高成は、あたしとは別の誰かと会話をしていらっしゃる。
とっても嬉しそうで、わけがわからん。誰と競って勝ったのか、その相手は誰なのか、あたしには全くわからん。

「よし!次はやっぱり、あそこだよね」

ただ無言で高成を見つめるあたしに一切気にとめず、車に向かう。
その足取りはスキップみたいに軽くて、ほんまにあたしにはわけがわからんまま。

素直に促されるまま車の助手席に座り、次の目的地へと車を走らせる高成をまた見つめた。
意外と行動力があるんやな、とか、かなり強引なんやな、とか、もしかして自己中なのか?とか、実は俺様タイプか?とか、色々考えた。
色々考えたけど、別になんでもええか、という答えに辿り着く。

出会いが出会いで、付き合ったカタチも世間一般的には特殊なわけであって、普通じゃないってのはわかってる。しかも、一目惚れ~とかって言うて、お互いどんな性格なんか知らんし、友達期間なんか、そういえばないし!!

ほんまに“一般人と芸能人”ってカタチから入って、すぐにって4年は空いてるけど“彼氏と彼女”になったから、これからびっくりすることとか、知らんことっていっぱい出てくるんやろうなって思う。

毎日の電話なんかじゃわかれへん。
“声のトーンでわかる”とか言ってたけど、機械を通しての表情なんか、そんなん知らんのと同じ。
ちゃんと高成の瞳を、表情を、感情を、この目で見んことには知ったことにならん。今のあたしは当然何も知らんし、わからへん。
電話越しじゃなくて、近くで高成を見て、感じて、知ってこそ“高成を知ってる”って言えると思う。

まだまだあたしはアーティストとしての高成が強いし、あたしが隣で並んで歩いてることも不思議なくらいやけど、実際こうして隣に高成はいてるし、笑いかけてくれる。

「また見てる。あ、見惚れてる?」

見つめたままあれこれ考えてたから、意地悪で言うたんやろうけど、これはあたしの勝ち。
意地悪されっぱなしは嫌ですから。

「うん。かっこいいなって思ってた」

目をぱちくりさせると、だんだん赤くなっていく高成の顔。
あたしはそれだけで充分満足!

こういう表情をたくさん知りたい。
笑った顔も、怒った顔も、照れた顔も、拗ねた顔も、全部、全部。

他にも、もっともっと色んな高成を見せて欲しい。そう強く思う。

「可愛い」

その直後、“調子に乗りすぎた”と思わされた。

「あとで覚えとけよ?」

そう言った高成にはたった今まで赤かった表情はなく、何か企んだような意地悪な顔やった。
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