夢物語【完】


「こんにちは」

次に高成が寄ったのは例のCDショップ。
外から見れば開いてんのか開いてないんか全くわからんのに高成の何の躊躇いもなく入って行く姿に正直驚いた。

中にはあの日に見ることが出来んかった店長がレジで新聞を広げてて、高成の声に下げていた眼鏡を戻して顔を上げた。

「お、久しぶり」

店長は見た目から30代前半で無精髭があって、剃ったら男前やろうなって思える、割と綺麗な顔立ちのお兄さん。
店長は高成に目をやってすぐあたしに視線を移し、頭の先から爪先までさっと眺めてまた新聞に視線を落とした。

「それ」
「へ?!」

全身を眺められていた間、硬直させてた体の力を抜いた直後の問いかけに裏返った声で返事を返してしまう。新聞見たくせに話し掛けてくるなんてフェイントやん!と思ったけど言わんかった。

高成が店内に入ってすぐ消えた。
入って店長に挨拶したら、すぐに見た目以上に広い店内に消えた。だから、あたしはレジの前に立ち尽くしてる。
で、店長に話し掛けられた。

「それ、ボブって言うんやろ?」
「髪型、ですか?」
「そう」
「そうですけど」
「ふーん」

ふーん、て。
興味ないなら聞くなよって言いたかったけど、素性がわからんから言うのはやめた。

「そこ、座れば」

店長は新聞に目を落としたままレジの端っこに置いてある木製の椅子を指差した。
そこはレジと繋がっているように見えたけど、途中でステンレスに変わってて、小さなカウンターにも見えた。

店長に言われるがまま椅子に座ると店長が席を立ち、店内の奥へ入って行った。
無用心な店長やなって思っていると、数分後にはマグカップを二つ持って現れ、一つは自分で口につけ、もう一つはあたしの目の前に置いた。

「あの、」
「これから1時間は動かん。自由にしてていい」

聞く前に答えられてしまったあたしは黙ってカップに口をつけた。
温かいコーヒーで少し甘めやった。
意外といい人なんかもしれん、と横顔を見ながら思った。

店内は邦楽も洋楽もあって、ジャンル問わず数がすごい多かった。
好きな音楽しか聞かへんあたしはそんなに詳しくないけど、でも大手のレコード店と変わらんくらい数はある。
店がそこまで大きくない分、密接して並べられてるから多く見えるだけかもしれんけど。

並べられてるCDやレコードにはストックがなく、並べられているモノだけの一点ものっぽい。途中、高成が戻ってきて、あたしの知らんアーティストのなんとかのアルバムがないのか、と聞いてたとき、「昨日、売れた」って返事してたから店内のモノは全て一点のみらしい。
そう考えると、この店の凄さを改めて知らされる。

「ロックが好きなんか?」

ただボーッと店内を眺めていると店長は突然話しかけてきた。

「そうですね。パンクっぽいのも好きですけど、重めが好きです」
「ふーん」

2回目となると、さすがにイラッとした。でも、口元が少し緩んでたから趣味が合うんかな?とか都合良く考えてみたりした。
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