夢物語【完】
「店長さんは嫌いな音楽あるんですか?」
「レゲエ」
ちょっと調子乗って聞いてみたら返事してくれて驚いた。ほんまはええ人なんかもしれん。
このまま1時間沈黙で過ごすのも嫌やなって思ったから、そのまま話し掛け続けることにした。
「レゲエ嫌いなんですか?」
「俺みたいなオッサンが聞いてたらキモイやろ」
「好きなジャンルってなんですか?」
「ジャズ」
「カッコイイですね」
黙ってしまった。
会話が続かんから「オススメありますか?」て聞いたら、目は新聞に向けたままジャズについて熱く語り始めた。
全く理解できんあたしは真剣に聞いているように相槌だけはしっかりうった。
「洋楽は聞くんか?」
「好きなアーティストだけなら」
「ふーん」
本日、3回目の“ふーん”。
もう慣れてきて何とも思わんけど、その返答のせいで会話が終了してしまうことにぼちぼち気付いてほしい。それとも、終わらせたいのかもしれん。
ちょっと調子に乗りすぎて話し掛けすぎたような気もする。
あたしはそのあと何も言わず冷めきったコーヒーを飲み干した。
BGMがかかっているにも関わらず、空になったマグカップを置いたときのコトンという音がやけに響いたように感じた。
多分それは流れてた曲が終わって店内に無音が生じたからやと思う。
不思議なことに誰も話さん割には落ち着く自分がいる。
無愛想で「ふーん」と返事をする店長もおるけど、おらんような存在感の持ち主やし、気を使うという気持ちがないからあたしも気まずくならへんし、居心地はいい。
ただ、高成が店内のどこかに消えてから約1時間弱。
あれはないのか、これはないのかと聞きにくる以外は見てない‥‥というか、放置状態。
高成が満足するまで居ていいと思う反面、つまらんという気持ちがあるのが正直な気持ちで、飲み切ったはずのコーヒーも店長が無言で新しいのを持ってきてくれて2杯めに口をつけている。
相変わらずあたしと店長はポツリポツリ会話を交わしていた。
「長い」
これはあたしの台詞じゃない。店長が呟いた。
確かに長い。ちょっとお尻も痛くなってきた。
店長も同じらしく、立ち上がって両手を組んで頭の上まであげて伸びをした。
「ここ、好きみたいです」
「ふーん。自分ら、出会いは?」
また椅子に座り直した店長は読み終えた新聞を片付けて、片肘ついてあたしを見据えた。
「ライブです」
「計算?」
「違います」
失礼な人やなって思ったけど、そう思われても仕方ないか。
レコード店の店長やし、全部お見通しなんやろうし、今更隠したとこで見破られるやろうし、何を聞かれても正直に答えようと思った。
「どっちから?」
見た目によらず意外と突っ込んでくるんやなって半ば驚きながら「高成から」と答えた。すると、驚いた顔をして初めて表情を緩めた。
「わからんこともないけど」
そう言って笑う店長は爽やかでかっこよかった。
最初からそんな顔でおればいいのにって余計なお世話な言葉が浮かんだ。
「なんでそんなこと聞くんですか?」
「別に」
“ふーん”の次は“別に”かよ!って声に出して言いたかったけど、これも言うのをやめておいた。
たまにイラッとするけど、でもなんでかムカつくまではいかんかった。
これが口癖なんやって全身で言うてるように感じたからかもしれん。
「ちょっと、俺のに必要以上に熱い視線送るのやめてくれますか」
ようやく戻ってきた高成があたしを背後から抱きしめながら持っていたCDであたしの顔を隠して店長に話しかけた。
「1時間も放置してるお前が悪い」
そう笑うと高成の手からCDとお金を受け取ってレジを打った。
その間も終始笑顔。そんな店長を見て、あたしにも少しくらい笑いかけてよって思った。
そんなあたしの心が読めたのか苦笑いを向けた店長。
「コイツが怒るだろうが」
高成に一瞬視線を向けて、またあたしを見た。
それで少し納得した。少し過剰な気もしたけど嫌われてないとわかって少し安心した。
店を出るとき、高成がお礼を言って店長に顔を向けたのと同じようにあたしも店長を見た。
視線はあたしに向けられていて、びっくりした。
「場所、覚えた?」
「はい」
「今度は一人で来いよ」