夢物語【完】
そう言った店長は意地悪な顔で笑った。
高成に対する意地悪発言やって気付いたけど、高成は呆れながら怒ってた。
高成が向き直っても、まだ店長を見ていたあたしが見たのは優しく笑った店長。
軽く右手を上げて、声が出てたかどうかわからんくらい小さい声で「またおいで」て言うてくれる。
店長が優しく笑ってくれたから、あたしも多分初めて笑顔を向けて手を振った。
超ええ人じゃない?って言おうと思ったら、高成に先を越される。
「いい人なんだよ。ほんとに」
高成は「そうやね」って笑ったあたし見て苦笑した。
「アレさえなけりゃいい人なんだけどな」
「なに?」
「最後のだよ」
「また来いってやつ?」
「そう」
高成の言うてる意味がわからんあたしは首を傾げるしかできんくて、先の言葉を待ってたけど話してくれんかった。
そのかわりに手を握り直した高成が「一人で行くの禁止ね」と言う。
頷くだけのあたしにもう一度「絶対禁止ね!」と念を押した。
「わかった」
そういうと高成はため息をついた。
まだ何が不満なんや?と思ってたら空いてる手で髪をグシャグシャにされた。
「何すんの!」
「涼はわかってないんだよ」
それがいいとこなんだけどさ、と付け加えるともう一度ため息ついた。
「涼は知らないだろうけど、あの人、音楽業界ではかなり有名なんだよ」
「へ?」
高成は、やっぱりね、って顔であたしを見た。
「テレビにも出てたんだよ」
「え?!あたし、知らんかった」
あたし超有名な人と話してたんや。てか、あんなひっそり店して不精髭生やしてたら見えるもんも見えない。
「そんなだから連れていきたくなかったんだよね」
あの人、口上手いんだよね、と言う高成の左手を強く握って「大丈夫」って笑うと、高成も笑い返してくれた。
でも約束は守れんような気がする。
元有名人の店長に興味を持ってしまった。
今度また会いに行こうと思った。
でもそれは高成に内緒。
バレんように、気付かれないように、必要以上に笑顔を向けることが逆に疑わしいと思わせることに気付かないまま。