夢物語【完】
どういう意味か今はわからん。でも、唯一分かったことは、あの子はあたしのことが嫌いなんやってこと。
別に好かれるつもりもなかったし、高成の彼女でおる間はメンバーの彼女さんやし、関わることも増えるんやろうなって思ったから、睨まれても仲良くしようって思ってたのに、あんなこと言われたらイライラするだけでその気持ちまでも無かったことにしてしまいたくなる。
『芸能人の彼女』である先輩ってのは違いなくて、初めて会ったときに言ってたようにあたしには“言わなきゃわかんない”ことがあるのかもしれん。
そのことを彼女は経験してきてるから、忠告してくれてるのかもしれん。
あの子の態度は腹立つこともあるけど、そう考えると親切で言うてくれてんのかと少し考える。
あの綺麗な子が京平の彼女で、隣で歩いてて何の劣るところもないのにそうやって忠告してくるほどのことを経験したようには見えん。
はっきり言うて、あたしみたいに中身も外見も劣りまくってる女なら絶対あるやろうけど。てか、今もそうやけど。
とにかく、あの子があたしに伝えようとしてる言葉はあの態度じゃ伝わらん。全く伝わらん。
何を言いたいのか、何を伝えたいのか、あたしにはさっぱりわからん。でも、頭の隅っこの方には残しとこうと思う。
もし、本当にそれが現実になったときにきちんと理解できるように。
あたしにはまだまだ足りんことが多すぎる。
だから、ちゃんと考えようって思う。
高成とのことも、涼介との仲の悪いことも、悟さんの心遣いも、あの子の言いたいことも、ちゃんと考えようって思う。
あたしは鏡を見て、少しだけ気合いを入れてドアを開けようとしたとき、ポケットの中の携帯が震えた。
少しトイレに長居しすぎてるから高成からやと思って、すぐ戻るよって言おうと携帯を見るとサブ画面には“着信 お母さん”の文字。
その瞬間、家を出る間際の言葉を思い出して、溜息をひとつはいてから電話に出た。
「はい」
『まだ?』
「なにが」
『彼氏連れてくるって言ったやん』
「言ってないし」
お母さんが連れてこいって言ったたんやん、とは悲しいけど言えない。
『はよ連れておいで』
「えー」
『そっちがけえへんねやったら、お母さん行ってもええけど』
「それは困る!!」
『じゃあ、連れておいで。10時まで待ったるわ』
じゃあね、と言ってあたしの言葉も聞かずに切られた。
我が母親ながら恐ろしい。
『そっちがけえへんねやったら、お母さん行ってもええけど』って言葉が本気で怖かった。
心配してくれるのはわかる。わかるけど、あんなウキウキしたトーンで話されるとどうしようもないっていうか、ほんまに恐怖。
「高成になんて言おー」
ボソっと呟いて、ようやくあたしはトイレから出た。
「おっそ」
戻ってきたあたしを見て、呟いた涼介。
すでにテーブルは片付いていて、端に置いてあった伝票もなく、会計は済まされた後やった。
あたしは涼介の言葉をスルーし、慌てて席に戻り鞄から財布を取り出して「いくらですか?!」と財布を持っていた悟さんに言った。
「あぁ、いいよ。今日は僕のおごりで」
「え、ダメですよ!」
「悟に甘えとけば?」
後ろから高成がそう言うから悟さんは笑顔で、そうだよって言うし涼介はスルーしたあたしを睨んだままやし。
あんまりにもしつこいからか、高成が手に持っていた財布を取り上げて、鞄まで取られて、そのままスタスタと歩いて部屋を出て行った。
だから、立ちつくしてた。立ちつくしながら申し訳ない気持ちで悟さんを見上げてた。
でも、どうしようもないから苦笑する悟さんに促されるまま高成の後をついて部屋を出た。