夢物語【完】

悟さんと涼介の会話が聞こえてた。
聞いてたんじゃなくて、聞こえてた。
ずっとずっと見つめたままで、動けんあたしを悟さんは背中を軽く押してくれた。少し離れた電気の少ない薄暗い場所で騒ぎが治まるのをただ待ってた。

涼介は溜息ばっか吐いて、悟さんと京平は何事もないような顔をして普通に話してる。
なんで止めに行かへんの?って言いたいけど、行ったって騒ぎが大きくなるだけってわかってるから言えんかった。でも、ちょっと他人事のようにしすぎちゃうの?って少し苛立ちを覚えた。

京平の隣に立ってた彼女は騒ぎを遠くから見つめるあたしを呆れたように、哀れむように見てた。
『ほら、言ったじゃない』とでも言いだげな顔であたしを見つめてた。

そんな顔されたってどうしようもないやん、って言いたい。言いたいけど、その目が同情じゃないって読み取れたから下を向くしかなかった。

「こんなの日常茶飯事よ。このバンドが進化して、有名になればなるほど、こういうのは増えてくの」

今からそんな風で大丈夫なの?あなたの相手はTAKAなのよ?今の状況見てわかったでしょう?あなたの彼氏は一般人じゃないの。

「“TAKA”なの」

そう言い放った。

そんなこと言われんくてもわかってる。現に今だって夢心地でふわふわしてる。
立ち尽くしてるこの状況でさえも“TAKA”の顔を崩さん高成を見て、改めて高成が芸能人なんやって思い知らされる。
自分が今どんな感情を抱いてるか聞かれたって答えられへんような複雑な思いでいっぱい。

“TAKAの彼女”であるあたしにこういう事が今後、目の前で繰り広げられるのを黙ってみる覚悟をしとけって言いたいのかもしれん。
て言っても、あたしと高成は住んでる場所が遠いからどんな風に生活してんのかわからん。

あぁ、そうか。彼女はこれを言いたかったんか。

できれば気付きたくなかった。
違う、気付いてたけど、気付いてないフリしてただけかもしれん。だって、気付いたら不安しか抱かんくなるってわかってたし、こうなることだって想像してた。

今日の水族館だって内心ビクビクしてた。
ずっと緊張しっぱなしやったのは高成の隣を歩いてるからってだけじゃない。
高成が“TAKA”やっていうことに気付かれへんかってことにビクビクしてた。

通る人通る人みんなの視線が気になって、口コミでみんなに広がって、いつか囲まれるんちゃうかってずっと思ってた。でも全然そんなことなくて、ほっとしたときにこの状況。
あの容姿やし学生の時も今のように女の子にモテたに違いない。

恋愛経験の少ないあたしとは正反対で、彼女もいっぱいおって、歴代の彼女はみんな綺麗に違いない。
過去に嫉妬したくないけど、気になるもんはしょうがない。

気付きたくなかったのは不安になるから。
自分の想いも高成の想いにも。
好きなことに変わりはないのに地に足が付いてなくて、浮遊してる。

あたしが動けんかったのは何も考えられへんかったからでも、ぼーっと眺めてたからでもない。
どこか遠くから眺めるように見てた。
他人事のように、もみくちゃになりながらも笑顔で対応する高成を見てた。

それはライブ会場だとかイベントだとか、そういう場所で行われているようなファン的な感覚でプライベートのようには見えなかった。というか、そうとしか見ることが出来んかった。
もう少し意識が薄くなってたら、あたしも同じように駆け出してたかもしれん、って思えた。

あの子はあたしがそんな感覚で高成を見てることに気付いてたのかもしれん。だから最初からあんな態度やったんかもしれん。
まだ自分のことでいっぱいいっぱいで“青山 高成”を見つめきれてないあたしに苛立ったんかもしれん。

高成からの想いがどうかって悩むよりも、あたし自身の気持ちが浮ついてるってことのほうがどうかしてる。
それに気付いて、冷静に考えてみれば考えるほどやっぱり浮つく自分がいて、好きやと思ってる高成を“TAKA”としてしか見てないんちゃうかって思う。

どんなに愛おしく感じても、どんなに好きやって思っても、それがファンの延長線上の想いなら間違ってて、高成には最低なことをしてるんちゃうかって思えてくる。

一目惚れだと言ってくれた高成の気持ちに浮かれてただけなんかもしれん。
高成に抱きしめられて感じる温もりも、匂いも、ドキドキも、ただ嬉しくて舞い上がってただけかもしれん。

高成の全てに反応する自分のカラダやココロが“好き”って気持ちなんやって思ってたけど、今はわからんくなってる。

ほんまのほんまに心から本気で“青山 高成”を好きなんかって高成本人に聞かれたら戸惑ってしまう、ような気がする。

「一人で考え込むのは勝手だけど、自分の気持ちくらいはっきりさせるべきじゃないの?」

ようやく振り返ったあたしが見たのは、背後にずっと立っていたらしい彼女とその後ろで煙草をふかす京平と涼介。そして、あたしたち二人を見守る悟さん。

ずっと聞いてたはずやのに何も言わんかった。
それは今の自分の気持ちを見透かす彼女の言葉を肯定するもので、最終的な結論は自分で、“あたし自身”で導き出すもんやって言ってるようで目を合わせることも出来ず、疲れた面持ちで帰ってくる高成すらも見れずにいた。
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