夢物語【完】

隣には高成がおる。手を伸ばせば触れることもできる。
夢にまで見てた普通じゃありえんシチュエーション。
それが現実世界の現在(いま)。
夢でもないし、妄想でもない。

あたしの車を他でもない、ましてや偽物でもない高成が運転して一緒に親に挨拶しに行ってくれる最高の彼氏。
そんな彼氏の隣に座るあたしは――――自分の気持ちに宙ぶらりんな女。
多少の気まずさは残るものの、何もなかったかのように振る舞うあたしは最低。

高成はあたしの感情の揺れに気付いてんのか気付いてないんかわからんけど、さっきのあたしの不審な行動の理由を聞いてくる様子がない。
気にしてるという雰囲気すらない。
そんな高成やから余計に平然とした態度を振るってしまう。

それは不自然な態度じゃなくて、すごく自然で昼間のあたしらなんちゃうかってくらい自然な態度。
多分それは高成が隣でいてくれるから。

さっきまで心の中は今までにないくらいの葛藤を繰り広げてたけど、高成が傍にいてくれることでちょっと和らいだ。
それは自意識過剰な考え方じゃなくて、ただ隣にいてくれるだけで少し不安が取り除かれるという意味で、高成に対するあたしの気持ちの整理がついたという意味じゃない。

出会ってから4年。といっても、その4年のうちの一晩がきっかけになって、付き合って半年。
その半年も再会して付き合い始めた日に一晩と今日一日だけ。

開き直るわけじゃないけど、自分の気持ちを確かめるには互いに触れ合う時間が少なすぎる。
遠距離なんも、世界が違うんもわかってる。わかってるけど、考えれば考えるほど、開き直ってるような答えしか出てこうへん。

あたし達がこうして手を伸ばせば触れられるほど近くにおった時間なんか合計したって2日にもならへん。そんなあたし達がこうして付き合って、デートして、心の想いの壁にぶち当たってる。

普通の人やったら当たり前のことやと思う。あたしはそう思ったらあかんのもわかってる。だって、この恋愛自体が“普通”じゃない。
恋人も状況も‥‥何もかも。

何もかもが普通じゃないから、どこからどこまでが普通で普通じゃないんかわからん。
わからんから考えるけど、一緒におる時間が短すぎて答えにならん。
答えが出んのは自分の気持ちの強さやって思い知らされるから必死に理由や言い訳を考える。

“好きという感情だけで幸せになれる”と言えば、嘘になる。

“互いに信用してるから”と言えればいいんやけど、今のあたしはそれを言い切るほどの想いの強さと自信がない。

高成は、あたしの気持ちを知ったとき、どう思うやろう。
幻滅する?呆れる?最低な女やと思う?嫌いになる?
もう好きでいてくれんくなる?

どの選択肢でも明るい未来なんかない。万が一許されるようなことがあれば、あたしが傍にいられんくなるやろう。

胸の奥がチクリと痛い。表情まで歪んでしまいそうなこの痛み。

「どうした?気分悪い?」

わずかな変化も逃さん高成が心配そうに覗き込む。

「大丈夫」

そんな高成に悟られんように、作り物やってバレんように渾身の笑顔を向ける。
それでも安心したそぶりを見せん高成はやっぱり気付いてるんやと思う。
あたしがどんなに取り繕ったって、あたしにはわからん高成が抱く感情を拭えるわけじゃない。

あたしが高成の立場やったら・・・こんなよそよそしい態度をされたら気になって気になって仕方ない上に、その理由を聞きたくてしょうがない。
でも必死に取り繕われると聞くに聞けんくて、心のモヤモヤに覆われて身動きが出来んくなる。

こうして心の溝が深くなるんやって思った。
言いたいことも言えんと自分の気持ちや感情を抑え込んで互いのうやむやだけが膨らんで、別れが訪れる。
このままいけばあたし達もその道を歩んでしまう。

そうならんようにしたい。
そうならんようにしたい気持ちはあるのに、素直に気持ちを出して嫌われてしまうのが怖い。

幻滅されてしまうことが怖い。
別れを切り出されるのが怖い。
そんなあたしの気持ちなんか関係なしに車は進んで、家までの距離を縮めてる。

相変わらず高成は何も聞かず、あたしも右と左しか口にせん。
無言の車内。まだまだ話したいことがあるのに、うまく切り出せん。
こんなあたしが高成に話し掛ける資格があるんか考える。

それよりもこんな気持ちのままで高成をお母さんに会わせてもいいんやろうか。そう思っても言い出せずにおるくせに悩みだけはいっちょ前に次々と溢れ出す。

「そこ右」
「んー」
「スピード落として。細い道に入るから」
「オッケー」

この道を抜ければ家に着く。
家には何も知らん母親がおって、あたしの心に気付いてない高成が対面する。

あの母親に会わせること自体不安きわまりないのに、そのうえ根掘り葉掘り聞かれることがあれば絶対に動揺を隠せん。というか、隠せる自信がない。
勘の鋭いあの人のことやから、あたしが少しでも表情を崩せば隙を突かれる。

言い訳や言い逃れを考えたところで、その策通りに返答できるほど母親は甘くない。
言わんくても見破られてしまうのが母親。
母親の洞察力だけは何をしても敵わん。
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