夢物語【完】
「ちょっと緊張してきた」
車を駐車場に停めた直後、高成は短い溜息と共に吐き出した。
あたしも同じ気持ち…とは言えんかった。
言うても“同じだね”って普通に笑いあうだけやとわかってても、その言葉と表情から垣間見える“本音”や“本心”を見抜かれてしまいそうで言い出せんかった。
「んじゃ、やめる?あたしは別にかまへんけど」
今のあたしはこの気持ちが嘘というわけじゃない。
本音を言えば、高成の心情を察してが半分、自分に迫る危機を避けたい気持ちで言うたのが半分。
五分五分であっても、やっぱり自分の為でしかないように思えて、また不安になる。
そんな風に“高成のためを思って”と言うたところで、彼氏を家に連れて来ること自体が初めてのあたしが彼女の親に挨拶しに行く男の気持ちなんかわかるはずもなく。
結局、何を言うたところで、あたしは自分勝手に高成の心情を想像して、それに対して勝手に答えて納得してるだけで、隣におる高成の気持ちを聞く勇気がない今のあたしの感情は当然自分の為の言い訳にしかならんってことに気付いて少し恥ずかしくなった。
それでも「男に二言はない!」とあたしの気持ちなんか関係なく、なんとも男らしい発言をした高成は車から降り、あたしの手を引いて玄関に向かう。
一歩一歩が非常に重い。
自分の家やのに。
初めて彼氏を家に連れて来るのに。
初めて親に紹介するのに。
その初めての相手があたしの大好きなTAKA本人やのに。やのに、素直に喜べんあたし。
もし、再会してすぐ母親に紹介していたら。
もし、昼のデートの後に家にきてたら。
もし、あの時一緒に店を出てたら。
もし、あの時、彼女が黙って騒ぎが治まるまで黙って見てくれてたら。
全く整理のつかへんまま家まで来てしまい、混乱と焦りが混ざったあたしの思考は考えてもしょうがない方向へ飛んでいく。
“もしも”の話なんか今更したって過去は変わらんのに、この状況からどうしても現実逃避したいらしいあたしは、またしても自分の事ばっかり考えてしまう。
こういう時に人間がどう考えるかで“弱さ”や“甘え”が見えるんちゃうかと思った。そして今のあたしは後者。
そんなあたしをよそに相当緊張してるらしい高成は少し掌に汗を滲ましてる。でも顔はいつも通りで何ら変わりないように見えた。
ドアノブに手をかけると同時に繋いでる手に力が入る。
「大丈夫。大阪のおばちゃんやねんから迫力に負けんかったら何でもアリやで」
高成の緊張を解すために言うた言葉が逆にプレッシャーになったらしく、ドアノブに手をかけてから1分ほど静止して意を決したようにドアを開けた。そして同じくあたしも“もうどうにでもなれ!”という、またしても最低な気持ちで家に入った。