夢物語【完】
人を呼んどいて玄関に明かり一つないのもどうだろうかと思う。時間の指定をしてきたのはあっちやし、来るってわかってんなら準備くらいするだろうよ、と思うのがあたしの率直な意見だ。
家に入るとリビングの明かりは見えたから待ってることはわかった。けど、出てくる気配がない。
その理由はわかってる。今日は母の好きなバラエティ番組の日。
リビングからははしたない笑い声が聞こえるし、ここから呼んだところで気付くはずがない。
「んーと、待っとく?一緒にくる?」
彼氏を家に連れてきたことのないあたしは当然どうしたらええんかわからんくて、とりあえず母に声をかけるためリビングに向かうつもりで高成に聞いたけど聞き方が他人行儀っぽくなってしまった。
「いや、待ってる」
少し考えたあと、そう言ったから一人でリビングに向かう。
「ただいま」
「おかえり。あがってもらい」
聞く間もなく、というか、こっちを振り向かずにそう言う母にちょっとビビる。
声のトーン的には大丈夫。むしろ良い方で表情からも待ってましたって感じが窺える。
ただ、ビビってしまうのはその腹の中。
上辺だけじゃ読めんのも母親の特殊能力。
リビングに体を入れたまま顔だけを廊下に出し手招きする。
ほっとしたような表情を浮かべ、「お邪魔します」と中へ入ってきた。
「いらっしゃい。適当に座って。こんな遅くにごめ、・・・ごめんね~」
「いえ、こちらこそすみません。お邪魔します」
高成は気付いてない、いや気付いてるけど気付いてないフリしてんのかもしれん。
母が一瞬表情を変えたこと。
驚いてから苦い顔になった。
手も一瞬止まって高成から視線を外さんかった。
あたしは見てた、だから気付いた。
母は高成がTAKAであることに気付いてる。
あんだけCDだライブだなんだかんだって報告してりゃ覚えるのも当たり前。今だけは自分の性格を悔やんでしまう。
「しっかし男前やな~うちの子可愛くないけど?」
緊張を解すためか何を思ってか足を組んで前のめりに高成の顔を覗き込んだあとの一言。
確かにあたしは可愛くないし、高成はカッコイイ。けど、毎度思うのはなんでこの常套句は存在するんやってこと。
たいていの親は自分の子をけなす。
まぁ褒められても気持ち悪いだけやけど。
「あ、せや!名前、名前」
高成を招いてから喋りっぱなしの母は高成に自己紹介させる隙すら与えず、ひとしきり喋ってから思い出したように聞いた。
その状況をどう対処すべきかわからんであろう高成はいきなり話し掛けられて勢いよく顔をあげたけど冷静に口を開いた。
「青山高成です。涼さんとお付き合いさせていただいてます」
軽く会釈も付けて真っ直ぐ母を見据える。
そんな高成ににっこりと笑顔を見せた。そのせいか高成の少し力んだ肩がすっと落ちていたのがわかった。
いや、違うから!それが手やから!!騙されるな!!!
そう思っても高成にはわかるはずもなく、あたしの熱視線は無駄に終わり、それに気付いた鬼に睨まれることになった。
突っ込まれて動揺するような疚しいことはない。
付き合い方も至って健全やし・・・別にそれは置いといて、気持ちの面で突っ込んで聞かれると思いっきり動揺する自信がある。
「涼、なに百面相してんのよ」
その言葉にビクッとなったあたしは相当場にそぐわない挙動不審さやったんか二人から怪訝な顔をされた。