夢物語【完】
あたしが本音を話すことで高成の心がどう変わるんかわからんのに最後まで離すなっていう無茶な我が儘。
でも高成は絶対最後まで離すことなく聞いてくれると思った。
それは自惚れとかじゃなくて、高成がそういう人やって思ってるから。
多分、相手があたしじゃなくてもそうしてると思う。
それくらい高成は優しい。
高成は声にはせんかったけど、あたしの腰をもう一度引き寄せてあたしの頭の上に自分のを重ねた。
高成の温度が気持ち良い。
自分の中で話さなあかんっていう使命感があったけど、それも忘れるくらい落ち着いてて言おうかどうか迷ってた前置きも無意識にするりと出た。
「なによりあたしは今、この一瞬がすごい嬉しいし、心地好いし、安心するし、離れたくないって思ってる」
これだけは言っておきたかった。
好き嫌いの話じゃなくて、今のこの一瞬があたしにとってそう感じてるってことを前もって伝えたかった。
だからって何かが変わるわけじゃないし話すことに変わりはない。
とにかく、あたしが今どう思ってるかを知っててほしかった。
「この穏やかな時間が大切で隣に座ってくれてんのが高成で嬉しい」
そんなこと言うたってあたしが想像してる高成の気持ちを軽く出来るわけじゃないけど言うておきたかった。
それからあたしは高成の肩を借りたまま高成の温度を感じたまま少しずつ話した。
「自分の気持ちがいまいちわからん。こんなこと言うたら嫌われるけど、高成のことを“TAKA”として見てることがある」
今日のプチ騒動のときに感じた気持ちも、京平の彼女に言われて今の気持ちに気付いたことも、今こうしてる自分が最低やって思ってることも。
「高成を“青山高成”として好きかどうかって聞かれたら多分、即答できん。でも、この先一生会えんてなると心臓潰されるくらい辛い」
高成と気持ちが通じ合ってから今日までの半年間で高成のことを考えへんかった日はなかった。
仕事で忙しい日も高成からの電話で声を聞いただけで疲れは吹っ飛んだし、電話越しでも高成の前でだけ女らしくなれる自分が恥ずかしかったし、嬉しくもなった。
電話を重ねる度に高成の事を知って、あたしの事を知ってもらって、会えんくても二人の距離は縮んでるって思ってた。
実際そうやったと思うし、そのおかげで今のあたし達がおる。会われへん分を電話で必死に埋めて高成のことを忘れる日なんかないくらい毎日の半分以上が高成で占めてて、そしてこの時をずっと待ってた。
会えんかったからこうなったって言いたいわけじゃないけど、それも一理あると思う。
これも言い訳にしかならんけど。
“青山高成”に会えんから“TAKA”の写真を見たり聴いたりしてた。
あたしが知ってる高成は考えるまでもなく圧倒的に“TAKA”の方が多くて、“高成”が本心からどう思ってんのか、どんな表情をするんかなんかほとんど知らん。
でもそんな人の彼女があたし自身で、いつの間にか気持ちがぶれてたんやと思う。
熱烈ファンが妄想や空想で芸能人を彼氏にしてしまう、まさにその状況にあたしは当て嵌まってんちゃうかって思う。
唯一違うのは“本物”と出会ったか、話したか、触れたか、の違いだけで夢心地のまま半年過ごしてたってこと。
半年前のあの時、抱きしめられてキスして全身で高成を感じることが出来て、4年分の気持ち丸ごとぶつけて好きって伝えた。
その気持ちが“好き”ってことやと思って、幸せいっぱいで離れたくなくて寂しかった。
「でも冷静に考えたら、その4年間で“高成だけ”を好きになれるはずがないねん」
この半年間でずっと気付いてた矛盾点。
ずっとずっと避けてたこと。
これを口にした時がようやくお互いの本音を言い合える時であって、別れがくるときって思ってた。
こんな気持ちで半年間も・・・てなったら、さすがの高成だって呆れて物も言えんやろうし、完全に冷めると思う。
ただこんなに早く言うことになるとは思わんかった。
早まったのは、なんでこのタイミングなんか、それは昼のこととか高成のためとか自分のせいとか言いながら言い訳ばっかり積み重ねてこの状況から逃げたいだけかもしれん。
この後ろめたい気持ちから早く逃れたかったんかもしれん。
第一、高成があたしに一目惚れすること自体どうかしてる。
こんな何もない冴えん女のあたしに高成が惚れること自体どうかしてる。
高成も早く気付けばいい。
隣に座って厚かましく肩を預けてんのは一般人の普通の女。
高成の仕事のことも、高成自身のことも、何も理解してあげられへんどうしようもない女。